▼ 49:今と未来(1)
「何を言われた」
寝室のドアを閉めると、彼が突然、そう言った。
ベッドから立ち上がり、こちらを見据える視線には、苛立ちがこもっているように見える。
「何、を……?」
なんとなく自分を守るように、背中をドアにぴたりとつけて、私は彼から目を逸らした。
「あの男のことだ」
間髪入れずに彼が答える。
――イリヤ王子の訪問から一週間。
その夜に彼と話をして、思いを、決意を伝えて。
それでも、私の心に居座り続けている、小さな不安。
見抜かれていないと、思っていたのに。
「あれで隠していたつもりか」
「隠していた、わけじゃ……」
隠していたというよりも、考えないようにしてきただけで。
なぜなら、イリヤ王子のせいでも、彼に何を求めているわけでもなくて、ただ――
「私の問題、なんです」
「何?」
「私が一人で勝手に、ぐるぐる考えてるだけで……だから、」
「聞くなと言うのか?そんな情けない顔をしているくせに」
大きな両手で頬を包まれて、問い詰めるようにじっとのぞき込まれたら――逆らえなくなってしまう。
「……っ、カズマ様に好きでいてもらえなくなったら、私に何が残るのかわからない」
くだらないことを怖がって、軽蔑されてしまうかもしれない。
それでも、彼のその目に見つめられてしまえば、言葉が勝手にこぼれ出てしまった。
「馬鹿な。有り得ない仮定の話はするな」
案の定、彼は眉をひそめた。
「だけど未来は誰にも見えません」
今、この瞬間に不安なんてない。彼を、信じていないわけでもない。
だけど、私が私自身を、信じられない。
それが、『これから』を、不透明にしている。
「どうすれば、未来に不安を抱かないで済むくらい、カズマ様に好きになってもらえるのかわからないんです」
「既にそうだと何度も伝えているはずだが」
「……だから私の問題なんです。私自身が、そうだと思えない。カズマ様を好きな気持ち以外、何も持っていないから」
私はただ、彼のことが大好きでたまらない。
それだけ。本当にそれだけだ。
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