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すると彼が「リン」と私を呼んだ。
私は、改めて彼を見上げる。
「俺は、お前の言葉を信じる」
彼がきっぱりとそう言ったから、私は少し、たじろいだ。
彼からそんな真っ直ぐな言葉を聞くことは、めったにない。
「頑なな相手ほど陥落させたいと考えるのがあの男だ。だから不安は消えないが――それでも」
自分に言い聞かせるように言ってから、彼は私の頬に手をのばした。
その指先は、少し冷たい。
「お前がそうやって守ってくれるなら、俺はお前を守るために、もう少し、強くなれる気がする」
「……っ」
思いがけない言葉に、私は息が止まりそうになった。
「どうした?」
「……なんでも、ありません」
こんなにも弱い私を、信じてくれて、私のためなら強くなれると、そんなことを言ってくれるひとは――きっとこの世界中を探しても彼以外にはいない。
『しっかりしろ』と叱咤するわけでもなく、甘やかすわけでもなく、そんな言葉で私の心を支えてくれる。
滲みそうになる涙を、私は夜の闇に隠した。
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それなのに。
『可愛がってた犬に飽きて捨てちゃう奴がたくさんいるみたいに、カズマがあんたを可愛がるのに飽きちゃったら、どうなるんだろうね、あんたは?』
そう言われたことは――話せなかった。
『私なんか』、そう言うことは愛してくれる彼に対してあまりにも誠実じゃないと思うから、言わない。
だけど『カズマに飽きられたら何も残らないのはあんたの方だ』、その言葉に反論できなかったのも事実だ。
結局、私は彼を好きだという気持ち以外に、何も持ってはいないのだろう。
それはひどく幸せなことで、情けないことだと思えた。
イリヤ王子は関係ない。
これは、私自身の問題だ。
彼は、私を大事にしてくれる。
信頼も、してくれる。
私も、彼を守りたい。
大人にならなくちゃいけない。
それなのに私の心は、ただこどもみたいに――
「なくすのが、怖いだけなの……」
隣で眠る彼を見つめながら、私は小さく呟いた。
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