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「今日、あのひとと話していて、私は私を、弱いと思いました」
イリヤ王子を嫌いだと思ったことや、その言葉を怖いと思ったことは、咎められることじゃない。
だけど、その感情に負けて、私は私のままで、イリヤ王子に接してしまった。
立場を忘れて、ただの私になってしまっていた。
だから、つけ込まれた。
「弱い自分は嫌です。だけどそう簡単には、強くなれそうもないです」
私は、小さく息を吸って、彼の目を見た。
「だからせめて、これだけは約束します。私は絶対に、自分からあのひとのところに行ったりはしません」
今の私にできる、精一杯の約束。
意味があるのかはわからない。だけど私は、それでも伝えたかった。
「確かに『守る』方法としては最善だな」
ずっと黙って聞いていた彼は、わずかに苦笑した。
「お前が自分からあの男のところへ行くようなことがあれば、父上に止められたところで我慢できるとは思えない。そうすれば俺は、妻に溺れて国をないがしろにした愚かな王子になる」
だが、と彼は表情を険しくする。
「あの男は、いざとなれば無理矢理奪うこともある。本当に欲しくてしかたないときには手段を選ばない」
そうやって奪われた人を見てきたのだろう、彼のイリヤ王子に対する警戒は並大抵のものじゃない。
「ただ、それは二国の関係が良好なら、その分だけ難しくなるだろう。あれはそのことが判らないほど馬鹿じゃないはずだ。今まであの男のやり方がまかり通っていたのは、ただ甘やかされていたからだ」
確かに、わざわざ結ばれた友好関係を壊すようなことが、そう簡単に許されるはずはない。
王様が『この国は違う』と言っていたことが、もうひとつの意味を持ってくる。
『奪われても仕方ない』立場にあるところから、奪って来たのだろう。
そこで、彼は口の端を僅かに上げて言った。
「あの男の身動きを封じるために、せいぜい仲良くなってやる」
『仲良く』なんてなれるはずはないだろうけれど、彼が少し、いつもの彼らしい表情をしたから、私は安心した。
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