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そんなことはない、と言えなかった。
それは私も同じだったからだ。
弱いばかりに、つけ込まれて、みすみす彼を試すための道具になってしまった。
それを、お互いがいくら『違う』と言ったところで、きっと意味なんてない。
バルコニーに、沈黙が落ちた。
私は不意に、彼の帰りを待つ間考えていたことを思い出す。
私は、「カズマ様」と、彼の名前を呼んだ。
「イリヤ殿下は、私自身に興味があるわけじゃありません。今日はっきり、わかりました。あの人は私のことが嫌いです」
唐突な言葉に、彼が眉を潜める。
「私のことを好きだと言うカズマ様に、興味があるんですね。自分の嫌いなものを好きな――自分の物差しで測れなくなった、カズマ様に」
私は、彼の方を見上げて言った。
「私も、イリヤ殿下が嫌いです」
彼は、意外そうに目をまるくした。
「大嫌い」
それでも私は、繰り返す。
そう、例えイリヤ王子の言うことが正しかったとしても、あのひとが言ったことがその通りだったとしても。
私は、嫌だと思った。
嫌いだと思った。あのひとを。
そこまで考えて、私は少し笑う。
「カズマ様。イリヤ殿下は、嫌いで嫌いでしかたない相手に自分から屈服しなくちゃいけなくなったひとを見るのが、大好きなんだそうです」
彼は、あからさまに嫌な顔をした。
しかも、イリヤ王子を嫌いだと言った私は、あのひとの筋書き通りの道を進んでいる――そのことにも彼は気付いただろう。
だけど。
「私は、自分からカズマ様のそばを離れたりしません。だって、そんなことができるわけないんです」
少しでも触れていたくて、私は彼の服の裾を掴んだ。
「カズマ様が私のことを好きでいてくれる限り……いくらカズマ様のためだとしても、私はカズマ様が悲しむことは絶対にしません。できない」
目の前に彼がいて、こちらを見つめていて――痛いくらいに、心から、そう思う。
私が世界でいちばん、幸せにしたいひと。
そして、そのために。
「私は、カズマ様を守りたい。――だから私も大人にならないといけませんね」
王様の言葉を思い出して、私は言った。
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