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その時。
「カズマが怒り狂うと手に負えなそうだから、そのへんでやめてあげてくれないかな?」
私は弾かれたように顔を上げ、声のした方を振り返る。
賓客を招いた部屋に、ノックもなしに入ることができる唯一の人物――王様がそこに立っていた。
「会議中だったのでは?」
イリヤ王子は笑顔を崩さず尋ねた。
「マリカさんが困ってるのが見えてね、カザミ将軍に代役を押し付けて来ちゃった」
そして王様は、イリヤ殿下、と呼び掛ける。
「今まで君が奪ってきた相手と、この国は違うよ」
そう言った王様の顔からは、微笑みは消えていた。
「欲しいから、なんていう理由では渡せない。渡せない、と言ったものは、渡さないよ」
射抜くような瞳に、私はようやく思い出す。同じ目をした彼のことを。
「それに私たちは彼女の国と契約を交わした。だから彼女はここにいるんだ。敵に回すのはこの国だけじゃない」
そこで王様は、にこりと笑った。
「なんて言ったら、よけい燃えちゃうのかな?君の場合」
イリヤ王子は、王様に負けないくらいの笑顔を浮かべ、ソファから立ち上がった。
「ご心配なく。私に今できるのは、こうやってちょっかいをかけることくらいですから」
そして、机に置かれたままの書状を手に取る。
「せっかく陛下がいらっしゃったのですから直接お渡ししておきましょうか。御返答は、お早めにいただければ幸いです」
私の方は一切振り返ることなく、イリヤ王子はあっさりと部屋を出て行った。
扉が閉まり、王様が書状に視線を落とす。
それは、最初に私が渡されたもの。
だから、すでに私は読み終えていた。
「……なるほど、もしかしてカズマを試してるつもりなのかな?」
書状の内容は、とある懸案についての協力の申し出だった。
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