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「そんな顔しなくても、今は何もしないって言ったじゃない?それにカズマは手強いんだ、あんたの退路を断つ方法なんて全く思い浮かばない。弱点だって自覚してるからこそ隙を見せないようにしてるんだろうね」
一瞬だけ顔を歪めてから、イリヤ王子は立ち上がった。
「ただ今日は、あんたに俺が嫌な奴だって知ってほしかっただけだよ。――その方が、いつか『その時』に俺がもっと愉しくなるからね」
そして、私の隣に腰掛ける。
「この間の晩餐会の時も、軽くちょっかいかけただけで動揺してたよね。カズマの好きそうな女と違うって言った時」
あの日のことを思い出すと、いまだに少しだけ胸が痛んだ。
彼がいくら安心させてくれても、目の前で蒸し返されれば簡単に揺らいでしまうくらいに、私は自分に自信が持てないでいるのだと、イリヤ王子の言葉で自覚する。
「だけどあれは本音だよ。今まで、いろんな事情や理由でカズマと関わった女の中に、あんたみたいなのはいなかった」
わざと『今まで』の女のひとたちの話をしているのだとわかる。
私が動揺するのを楽しんでいるとも。
私は、私と会うまでの彼のことは――何も知らない。
「簡単に言っちゃえば可愛いだけしか能がない女……ほら、あんたはそこの犬みたいだ。馬鹿みたいにカズマのことばかり見てて、カズマが何したって自分の気持ちは変わらないって思ってる。それは何故かなんて考えたこともなくて、ただ盲目的に――欝陶しくて笑えるくらいだね。それが上辺だけの気持ちじゃないから余計に」
俯いてスカートの裾を握りしめている私を、イリヤ王子が覗き込む。
「まっすぐで、愚かだ。カズマが愚かな女に溺れてるなんて、すごく意外だったね。だから『カズマの好きそうな女と違う』って言ったんだよ」
イリヤ王子の表情には、嘲笑と興味の色――『愚か』な私に『溺れている』彼を理解できないからこその、興味。
反論できないことが、悔しかった。
だって私は本当に、彼が何をしようが、どうなろうが、彼のことが好きでしかたがない。それを愚かと言われてしまえば、そうなのかもしれなかった。
「箱入りのお姫様は、男なんてカズマしか知らないだろうけど、カズマはそうじゃない。不安にならない?こんな自分でいいのかって。今、愛されてることは疑ってないだろうけど、今までのことは?そこから未来のことを考えたらどう?」
私が揺らいでいると見抜いていて、ここぞとばかりに煽っている。
イリヤ王子は、まさに私の『不安』を言い当てた。
「可愛がってた犬に飽きて捨てちゃう奴がたくさんいるみたいに、カズマがあんたを可愛がるのに飽きちゃったら……どうなるんだろうね、あんたは?」
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