my beloved | ナノ


▼ 47:来訪者(1)


彼が王宮を空けていたある日、数人の供だけを連れて、西の国のイリヤ王子が王宮にやって来た。


「カズマに用があって来たんだけど、いないんだね」


イリヤ王子はにこやかに言った。


「てことはお妃様、貴女が名代かな」


「……私じゃ、きっと難しいことはわかりません。わざわざ足を運んでいただいて申し訳ありませんけれど、カズマ殿下がいらっしゃる時にまたお越しいただけませんか?」


彼から『あの男には近づくな』と言われているから、私は何とかイリヤ王子を追い返そうとした。



しかし、

「うーん、書状を渡しに来ただけなんだ。お妃様でも問題ないよ。それにね、来たばかりの賓客をとんぼ返りさせるのは、ちょっと失礼なんじゃない?」



その一言で、私はイリヤ王子を客間に招かざるをえなくなった。



****



「カズマもなんだかんだで忙しくしてるよね。ちゃんと構ってもらえてる?」

「……あの、イリヤ殿下」

「聞くまでもないか。相変わらずベタ惚れだっていまだに言われてるもんね」

「イリヤ殿下」

「ま、かわいいしね、お妃様は」

「イリヤ殿下!」


テーブルの向かい側でにこにこと話し続けるイリヤ王子に、私は立ち上がって声を上げた。


「もう書状はいただきました。御用はお済みなのでは?――前もってご来訪をお知らせいただけなかったので、あいにくのんびりお喋りをしている時間がありません」


精一杯、彼の言いそうなことを想像して、私はイリヤ王子に退室を促した。


しかし、イリヤ王子は素知らぬ顔をしている。

「だってまだ紅茶の一杯も貰ってないんだけど」


「……マリカさん、は……」

そう言われてみれば、飲み物を用意するために出ていったマリカさんがまだ戻って来ていなかった。


「あんたの女官は、うちの従者たちが足止めしてると思うよ。けっこう機転がきく人みたいだから追い払いたくてさ。うちの国王の名前出してるはずだから、無視はできないはずだよ」

イリヤ王子は、いつの間にか、以前のような嫌な笑顔を浮かべていた。


「今ここで俺を帰しちゃったら、国賓を満足にもてなすこともできない無能な女官って言い触らすけど、いい?」


「……っ」

こどもみたいな嫌がらせだ。

だけど、マリカさんをそんな風に言われるわけにはいかないから、私はそれ以上何も言うことができなくなった。


イリヤ王子は満足げに微笑む。

「いいね。大切なものが多い人間は、付け入る隙がいくらでもあって楽だ」


「……」


「カズマには大切なものなんてあんたぐらいしかいないからね、手強いんだけど」

「そんなこと……!」


彼の大切なものは、私だけなんかじゃない。

まるで彼が空っぽだと言われたみたいで、胸がざわついた。


「そんなことない?どうだろうね。あんたにはいくつも大切なものがあるけど、あいつにはあんたしかいない。この違いっていつか、カズマを壊しちゃったりしないかな」


動揺しかけて、いちいち相手にしてはいけないのだと気付く。

私はひとつ息を吸って、少しでも冷静になろうと努めた。


「――わざわざ女官を遠ざけてまで言いたいのはそんなくだらないことですか。私に……いえ、カズマ殿下に、ですよね?カズマ殿下に嫌がらせをするためだけにこんなとこまで来たんですか?」


それでもどうしたって、感情的になってしまう。思うつぼだとわかっているのに。

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