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枝に絡まった胸元のリボンを、何とか枝から外したのはいいけれど、マリカさんがしてくれた綺麗な蝶々結びは、無残にもほどけてしまった。
それを元に戻せなくて、私は芝生にしゃがみ込んで途方に暮れているのだった。
私は、料理も裁縫もけっこう好きだ。不器用ではないと思う。
なのに何故か昔から、蝶々結びだけ、大の苦手だった。
正面から結ぶのならまだいい。もちろんきれいにはできないけれど。
だけど自分の胸元のリボンなんて、どう頑張っても結べなかった。
「マリカさんに気をつけるように言われてたのに……」
今日同行できないマリカさんには、朝リボンを結んでもらいながら『くれぐれも!お庭を走り回ったりなさいませんよう!お気をつけくださいね!』と念を押されていた。
ハナエ殿下が大人数の来訪を好まないため、ここに来るのはいつも、彼と私、兵士が一人だけだった。
ハナエ殿下には夕食もごちそうになる予定なのに、こんな姿で彼女の前に立つことなんてとてもできない。
いっそリボン自体をとってしまおうかとも思ったけれど、質素なドレスを着ているからリボンがなくなるとあまりにもかっこうがつかなくなりそうだった。
私がため息をついたその時。
目の前の茂みが音を立てた。そして、
「お前はまたこんなところで何をしてるんだ」
現れたのは、呆れ顔をした彼だった。
「カズマ様、実は……あっ!」
言いかけた私は、思わず声をあげた。
彼の腕におとなしく抱えられているのは、
「猫ちゃん!」
「さっきすごい勢いでこちらへ突進してきた」
どうやらそれを捕まえたらしい。猫は彼の腕の中でごろごろと喉を鳴らしている。
「なるほど、お前から逃げていたのか」
彼は私の隣に腰を下ろしながら言った。
「……私、そんなに怖がらせるようなこと、してないんですよ?」
「触りたそうな目で見ていたんだろう。それが怖かったんじゃないのか」
「ひどい!そんなことないです!」
私が叫んだせいか、猫がこちらを見た。やっぱり私には警戒心をあらわにしている。
でも、可愛い。
「あの、猫ちゃん……?こわくないよ?」
私は猫の方へ身を乗り出し、右手を伸ばした。
さっきみたいに触ったらまた逃げられてしまうかもしれない、そう思って、顔の前で手を止める。
すると猫はしばらく鼻先をぴくぴくと動かした後、ふいにぺろりと私の指をなめた。
「にゃあ」
「……っ!」
あまりに可愛くて嬉しくて、私は声も出せずに勢いよく彼の方を向いた。
彼は、おかしそうに笑っている。
猫は、私の手に額をこすりつけながら、もう一度『にゃあ』と鳴いた。
もう怖がられていない、ということだろうか。それにしても可愛い。
王宮では猫を見ることはめったにないから、なおさら新鮮な気分だった。
「叔母上が、毎日遊びに来る猫がいると言っていた。勝手にリボンをつけたとも言っていたから、たぶんこいつだろう」
「そうだったんですか」
だったら迷い猫ではないらしい。少し安心する。
彼は、何も言わずに猫を抱き上げると、私の膝の上に乗せた。
「あっ……あったかい」
猫はもう、全く警戒する様子もなく、目を閉じて気持ちよさそうにまるくなっている。
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