▼ 44:猫とリボン
「うう〜、どうしよう……やっぱりうまく結べない……」
芝生に座り込んだ私は、情けなく自らの胸元を見下ろした。
襟の下から、だらしなくほどけた薄紅色のリボンが垂れ下がっている。
話は少し前に遡る。
今日私たちは、王様の歳の離れた姉、つまり彼の叔母の小さな宮殿に来ていた。
街からは離れた森の奥にその宮殿はある。
その、本当にこじんまりとした宮殿で、叔母――ハナエ殿下は一人暮らしている。
生まれつき病弱だったハナエ殿下は、王宮での政務から離れ、空気がきれいで静かなこの場所で長い療養生活を送っているのだった。
ハナエ殿下は、上品でふわりとした雰囲気を纏った優しい方で、私たちが遊びに行くといつもおいしい紅茶をいれてくれる。
王様の紅茶好きも、彼女の影響らしい。
今日も私たちは、やわらかな陽がさすバルコニーで、ハナエ殿下特製の紅茶とクッキーをごちそうになった。
『ここの庭には、たまに小さなウサギやリスがやってくるのよ』とハナエ殿下が楽しそうに話してくれて、私は目を輝かせた。
ティータイムが終わり、彼が自室に戻るハナエ殿下に付き添って行った。
きっと少し、二人で話をするのだろう。
王様も彼もハナエ殿下の助言を仰ぐことがある。血筋なのだろうか、王様が『病気さえなければ姉上の方が国王向きだったかもね』と言っていたくらいだ。
もっとも、この国の王位を継承できるのは男子のみなのだけれど。
私はなんとなく、庭に視線を向けた。
ウサギもリスも、見たことなんてないから、少し期待しながら目をこらす。
と、茂みの陰で何かが動いた。ガサリと音がする。
「……!」
思わず身を乗り出すと、そこにいたのはウサギでもリスでもなく――黒い猫だった。
首に赤いリボンが巻かれている。どこかの飼い猫だろうか。
だけどこのあたりにあるのはハナエ殿下の宮殿だけ。だとしたら、もしかして迷い猫かもしれない。
「……だったらきっと、お家に帰りたい、よね?」
ゆっくりと立ち上がる。
宮殿の誰かに言えば、飼い主を探してくれるかもしれない。そのためにはまず、保護しないと。
――つまりは猫に触りたくて、私は慎重に茂みの方へ歩を進めた。
「猫ちゃん、おいで?」
中腰になって、こちらを凝視する猫に話しかける。猫はじっと座ったまま動かない。
私は、そんな猫に手をのばす。やわらかそうな毛並みが、指先にわずかに触れた。
――と。
「あっ!」
猫は急に立ち上がると、ものすごい速さで逃げ出した。
「待って!」
私も猫を追いかけて駆け出そうとする。
その瞬間――
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