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「……父上は、何か言っていたか」
こちらは向かず前を見たまま、彼が聞いた。左手を、私の右手に重ねている。
「王妃様がお好きだったという花を、お供えしていました。それから、私たちを守ってくれるようにって、お願いしたんだそうです」
「そうか」
『早く会いたい』――それを聞いてしまったことは、言わなかった。
きっと、王様の本音だけど本音じゃない、なんとなくそう思ったからだ。
代わりに、冗談めかして『内緒』だと言われたことを、あえて口にする。
「ええと、それでですねカズマ様っ!陛下から、今日はカズマ様を甘やかすようにって言われてるんです!だから今日は何でもしますから、思いっきり私に甘えてくださいっ!」
私は駆け引きだとかそんなことはできないから、上手に『甘えさせる』なんてことはとてもできない。
だったら正直に言ってしまうしかなかった。――甘えてほしい、と思ったから。
すると、彼は声を上げて笑った。
「そんな気合いの入った顔で『甘えてください』はないだろう」
「えっ?私、そんな顔……」
思わず空いている手で頬を押さえる。
それを見た彼はまた笑った。
そして少し意地悪な顔をして、私の首筋を人差し指でなぞる。
「何でもすると言ったな。何をしてもらおうか?」
「わっ、私は今そんな話をしてるんじゃ……」
彼の表情と指先に嫌な予感がして、私は慌てて抗議する。
と、
「冗談だ」
そう言った彼は、すとん、と私の肩に頭をのせた。
「肩だけ貸してくれればいい」
それきり、黙ってしまう。
お母さんのことを、思い出しているのだろうか。
でも、これではいつもとそう変わらないから、『甘えて』もらえているのかどうかよくわからない。
彼の髪をなでようと空いている左手をのばしかけて、止める。
私は彼にそうされているとすごく心地いいから、と思ったのだけれど、それを彼が望んでいるのかはわからない。
『肩だけ』と言っていたし。
すると、戻しかけた手を、彼が掴んだ。
そのまま、手の甲にふわりと口づけをする。
「……っ」
彼のこういう、真綿でくるむような触れ方にはあまり慣れていないから、思わず身体を引いてしまいそうになるけれど、私はそれをなんとかこらえた。
もっと落ち着かなくなったまま、沈黙に身を委ねる。
しばらくして、ふいに彼がつぶやいた。
「……いつか、会いたい」
誰に、と言わなくても、それはもちろん――
彼がそんな風に、漠然とした、そして現実的ではない言葉を口にすることなんて、めったにない。
ここで会えることはもうない。どこへ行けば会えるのか、知っている人もいない。
それでも、いつか。
その『いつか』が――少しだけ悲しくて、少しだけあったかかった。
そして私は、王様の言葉を思い出した。
『早く』とそう言ったけれど――確かにそれも本音かもしれないけれど、今の彼の言葉と同じ意味だったらいい。
残された私たちはいっしょうけんめい生きて、忘れないように生きて、それから――――いつか。
私は、彼と繋いでいる右手に少し力を込めた。
そして、彼をまっすぐ見つめる。
「そのときは、私も隣にいたいです」
彼は、びっくりするくらい穏やかに微笑んで、言った。
「当たり前だ」
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