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「陛下、」
「リンさんにもお願いがあるんだ」
私の言葉をあえて遮り、王様はこちらをじっと見た。
「ずっと隣にいてあげて、カズマの。できるだけ、長く」
普段はさらさらと流れるように言葉を紡ぐ王様が、ゆっくりとかみしめるように言った。
もう何も、彼が失ってしまわないように?
『早く会いたい』――そんなことを彼が口にしてしまわないように?
もちろんそれは、私の願いでもあった。
「はい、陛下」
だから迷いなく、頷く。
「ありがとう」
王様が頭を下げたから、私は慌てた。
「あっ、あの陛下!おやめくださ、」
「リンさんにはお願いばっかりしてる気がするね。親子揃って甘えちゃってるのかなあ」
と、顔を上げた王様は、冗談めかした口調でそう言った。
『いつも』の王様に、少しほっとする。
「私でよければいつでも甘えてくださいっ!」
両手で握りこぶしを作って言うと、王様はクスクスと笑った。
「あんまり甘えすぎるとカズマに敵認定されちゃうからほどほどにしとくね。それよりカズマを甘えさせてあげて」
「か、カズマ様は甘えるなんてことはめったに……」
「リンさんが気付いてないだけだよ」
王様はまだ笑っている。
「そうだ、リンさん。今日のこと、カズマに話してあげて。連れて行けなかったからお土産代わりに。――あ、もちろん今の会話は内緒でね?」
「は、はい」
「それでカズマを甘やかしてやってよ。今日は」
「……?」
今日は。
そのフレーズに、特別な気持ちがこもっていたように感じたのは、気のせいだろうか。
けれど王様がそれ以上何も言わなかったから、私も何も聞かずに頷いた。
「ちょっと街をのぞいていこうか?」
帰り道、突如馬車を止めた王様が、魅力的な提案をした。
「カズマばっかり街で遊んでてうらやましかったんだよね。私はそんな暇もなく国王になっちゃったし」
「あの……カズマ様は遊んでいるわけでは、」
「でもほら、その髪飾りとか」
王様は私の髪飾りを指差していたずらっぽく笑った。これは彼が以前、街で買ってくれたものだ。
「私もリンさんに何か買ってあげよう。そうだなあ……手鏡なんてどう?」
「ええっ!そんな陛下に買っていただくなんて!」
「かわいい娘には何かあげたいじゃない。カズマには負けてられないし。たぶんカズマよりセンスいいよ?」
そう言って笑うと、王様は私の手を取って歩き出した。
鼻唄を歌いながら軽い足取りで進んでいく。
いろいろなところが彼とは全然違うけれど、繋いだ手のあたたかさは、同じだと思った。
「楽しいなあ。やっぱりカズマうらやましい。たまには代われって言ってみようかなあ」
「陛下、そんなことおっしゃってたらまたカザミ将軍が頭を抱えてしまいますから……」
「あははっ、それはかわいそうだからやめとこうかなあ」
彼へのお土産話がたくさんできそうだと、私は小さく笑った。
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