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「リン」
その状態のまま、彼がもう一度私の名前を呼んだ。
「はい」
私は返事をするけれど、彼は何も言わない。
少しの間を空けてからまた、
「……リン」
「は、はい、何でしょう、カズマ様」
どぎまぎしながら首を傾げると、
「ここにいろ」
彼はそう言って、私の手を握った。
「はい……あの、います、よ?」
どうしたんだろう。なんとなく、いつもと違うような。
私がこんなに目を白黒させているのに、彼はからかうような表情も見せず、こちらをじっと見つめたままだ。
そして、
「……リン、俺のそばにいろ」
なぜか同じことを繰り返しながら、私の肩にもたれかかる。
「わっ!」
私は、慌てて彼の背中を支えた。
「あの、カズマ様……?だから私、そばにいますよ?」
彼の方をおずおずと覗き込むと、彼が私の髪を、指でもてあそんだ。
くるり、と髪がはねる。
「知ってる。お前は俺から離れたりしない。――リン、」
「は、はいっ?」
肩が軽くなったと思うと、とん、と押されて私は仰向けに倒れ込んだ。
彼が私の両手を優しく押さえつける。
「俺のそばにいてくれ」
「……っ!あ、あの、カズマ様……?」
明らかに、いつもと違う。
――もしかして。
「よ、酔ってる、んですか…?」
言動は支離滅裂だし、『そばにいてくれ』なんて今まで聞いたこともないし、……名前を、呼びすぎだし。
「そんなことはどうでもいい」
「え、よくはないと……」
彼が酔っ払うなんて、一大事だ。全然そうは見えないけど、これは間違いない。
そんなに強いお酒だったのなら、明日二日酔いになったりしたら大変だ。
けれど、彼は私にそれを言わせなかった。
「どうでもいいんだ。……リン、」
「……っ!」
さっきから、その声で名前を呼ばれるたびにどうにかなってしまいそうだったのに。
彼が言葉を封じるように、人差し指を私の唇に触れさせるから、もう何がなんだかわからない。
「お前のこと以外はどうでもいい」
表情を動かさないまま、彼は私の耳元にくちづけを落とす。
「……っ、カズマ様っ……あのっ、」
「お前ももう、他のことは考えるな」
「で、でもあの……っ!」
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