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だからそんな時に言っていいことなのかわからなかったけれど、私はさっき一瞬感じたことを、口にした。
「……あの、もしかしてイリヤ王子は、カズマ様に憧れてるんじゃないでしょうか」
「なんだと?」
あからさまに嫌そうな顔で、しかも驚いた様子で、彼は動きを止めた。
こちらにのばそうとしていた手が、宙に浮いたまま固まっている。
「たぶん、なんとなく……そんな気がしました」
手段を選ばないというイリヤ王子。
それを悔いることはないのだろうけれど、彼のようにはなれないと――もしかしたら羨ましいと、思っているのではないだろうか。
私に何があるのか、と聞いた瞳を思い出し、半ば確信する。
だからもし、イリヤ王子の行動がいびつな憧れから来るものだとしたら、そのせいで二人の間に流れる不穏な空気を解消できれば――
「カズマ様も昨日、イリヤ王子の手腕は買うって言ってたし、嫌いっていうことは意識はしてるっていうことですよね。だからもしも何かきっかけがあったら、二人は協力できるんじゃ……」
「……」
彼は無表情で沈黙している。
「あっ、あの、余計なこと言ってごめんなさい!少しだけ、気になったので……」
彼に人を嫌わないでほしいと言っているのではなくて、もしも二人が協力できれば、この国にとっても心強いのではないかと思ったのだった。
その糸口になりそうなものが見えたのに、黙っておくことはできない。
判断は彼に任せるとしても、伝えておきたかった。
彼はふいに体の力を抜くと、ソファに背中を預けた。
「わかった。俺もなるべくあの男に偏見を持たないようにしてみる。協力できるに越したことはない」
平和を望む限り、いずれは協力しなければならない関係だ、と嫌そうながらも付け足す。
私がほっとしたように笑うと、彼は再び体を起こし、鋭い視線をこちらに向けた。
「だがあの男がお前に示した関心は、おそらく本物だ。これからもちょっかいをかけてくるだろう。絶対にほいほい騙されるなよ」
「……し、失礼な!」
今日はけっこう頑張ったつもりなのに『ほいほい騙される』だなんて。
私は頬を膨らませるけれど、彼は気にしない。さらに続ける。
「今後、あの男に指一本でも触れられたらすぐに言え。協力関係は破棄だ」
「ええっ!?」
彼らしいといえばらしい、めちゃくちゃな命令に、私が呆れていると、
「ところで、」
彼が私の顎を片手で持ち上げた。
「結局お前はあの男と二人になったな。約束を破ったわけだが」
怒っているのかからかっているのか判断できない目つきで、彼はわずかに私との距離を詰める。
不可抗力です、と言おうとした私の唇を塞いでから、彼は挑発的に囁いた。
「俺しか目に入らなくなれば、あの男のことは忘れるだろうな?」
「〜〜〜っ!も、もうカズマ様しか目に入ってません!」
私の必死の言葉に、彼は声をあげて笑った。
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翌日、イリヤ王子はやけにあっさりと帰途についた。
「いずれうちの国に招待するよ」と満面の笑みを浮かべて私に手を差し延べてきたけれど、代わりに彼が握手をした。
「『土産』を持参しなくていいのなら、喜んで伺おう」
貼り付けたような笑顔を返す。
「ほら、こんなのしか俺は見たことないんだよ?」
イリヤ王子は、ひょいとこちらに身を乗り出して、彼を指差した。
「楽しみが増えたなあ」というイリヤ王子の言葉を最後に、西の国の一行は王宮から去っていった。
「やはりあの男は生理的に受け付けないが――ひとつだけ、あの男に感謝することがある」
兵士たちとともに、来賓一行を見送りながら、彼がふと呟いた。
「傷つけたら許さない、だったか。あれは柄にもなく、嬉しいと思ったからな」
前を見据えたまま、いつもと変わらない口調で言う。
「えっ……」
思いがけないことに、私は驚いて彼の顔を見つめた。
あのとき私はただ、自分の気持ちを言っただけで、彼を喜ばせるようなことをしたつもりは全然なかった。
彼はふっと笑って、穏やかな表情でこちらを見下ろすと、私の頬を軽く撫でた。
「そういうところに、俺はいつも……」
――言いかけて、しかし彼は、いきなりぴたりと手を止めた。
いつもは人目を憚らない彼の、意外な行動に私は少し驚く。
「カズマ様……?」
「……今のは、少し照れる」
珍しく、自らの頭をくしゃりと掻き乱して、彼は王宮へと踵を返した。
「え、ええっ??」
私はびっくりしすぎて、その場に立ち尽くした。
「……な、なんで……?」
あまりにも予想外のことに、こちらの方が、恥ずかしくなってしまう。
照れる、なんていう言葉は彼の辞書にはないのかと思っていた。
おとといから、彼の意外なところをいくつも見ているような気がする。
なんだか落ち着かない気持ちで、私は彼の後ろ姿を見つめた。
そしてその日からしばらく、兵士や女官たちの間では『王子殿下が照れたらしい』という噂で持ち切りだったと、マリカさんが教えてくれたのだった。
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