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マリカさんがいなくなると、イリヤ王子は得意げな笑顔を見せた。
「カズマも案外ちょろいね。簡単に二人きりになれちゃったよ」
「……私もお酒が飲みたいので大広間に戻ってもいいですか。私の女官はあなたが用を言いつけてしまったから、自分で行かなきゃいけません」
飲めもしないのに、私はそう言った。
「帰ってきたらまた頼めばいいんじゃない?」
「今すぐ飲みたいんです」
「まあまあ、ちょっとくらい話していこうよ」
イリヤ王子は、廊下を引き返そうとする私の肩に、軽く手を置いた。
私がその手を睨むと、イリヤ王子はわざとらしく両手を挙げてみせる。
そしてふいにクスクスと笑い出し、こちらをのぞきこんだ。
「カズマが『優しい』ねえ……俺、カズマが笑うとこなんて見たことないよ?笑うの?」
「当たり前じゃないですか!」
さっきから失礼なことばかり言われるから、私もつい声が大きくなってしまう。
しかし、私のそんな怒りをイリヤ王子は意にも介していない。
「邪悪なやつじゃないよ?」
からかうように尋ねる。
「は、はい」
「どんなときに?」
「どんなって……それは、楽しいときとか、嬉しいとき……じゃないんですか」
当たり前のことなのに、何でわざわざ聞くのかわからない。
「はあ……なるほどね」
しかしイリヤ王子は、なぜか納得した様子で顎に手をやった。相変わらず愉快そうに笑いながら。
「ねえ、じゃあさ、何したらカズマがめちゃくちゃ喜ぶか教えてあげよっか?俺だけが知ってるネタがあるんだよね」
「えっ……だ、騙されません。笑った顔も見たことない人がそんなの知ってるわけないです」
「ばれたかっ!部屋に連れ込もうと思ったのに」
イリヤ王子はケラケラと笑う。
彼以上に冗談なのか本気なのかわからない。間違いなく、彼とは全然違うけれど。
――と、ふいに笑いを止めたイリヤ王子が、あらためて観察するように私をじっと眺めた。
そして、わずかに低めた声で言った。
「ねえ、あんたから見たカズマってどんな奴なの?あんたには何が見えてるの?
今までも『切れ者』とは言われてたけど、『性格に難あり』の評判がいつのまにか『お妃を溺愛』に塗り替えられちゃってるよね。……おかげでますますあいつの人気は上がったわけだけど。
つまり、あんたがカズマをあっさりと変えちゃったってことだよね。ついこの間まで真っ赤な他人だったあんたが。
あんたに何があるのかな?……カズマが好きそうな女のイメージと全然違うんだけどなあ」
その問い掛けは、今までの軽薄な話しぶりとは少し違って、本気で知りたがっているように思えた。
それは、もしかしすると――
でも私は、そのことを深く考える余裕はなかった。
最後の言葉――『カズマの好きそうな女』という響きに、情けないほど揺さぶられてしまっていたからだ。
愛されているのは間違いない。それを疑ったこともない。
だけど……
私は言葉に詰まり、俯いた。
そんなの、私が聞きたいくらいなのに。
――その時、
「こいつに何があるかなんて、」
低い声が聞こえた瞬間に、私の身体はふわりと宙に浮いていた。
「そんなものを貴様に教えてやると思うか」
私を軽々と抱き上げた彼は、それだけ言うとあっさり踵を返した。
「カズマ様……っ」
一瞬のことにやっと状況を理解した私は、今度は一気に体温が上がる。
「……カズマ、やけに早かったね」
ぽかんとしたようなイリヤ王子の声が背後に聞こえた。
「当たり前だ」
そう呟く彼の顔を見上げると、思いきり眉間にしわを寄せていた。
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