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「いつものような、不特定多数の奴らへの単なる嫉妬じゃない。例えばそういう奴らを利用してもあの男には近づくな」
命令に、真剣さがうかがえる。
確かにいつものやきもちとは、違う。
「基本的に俺はお前のそばから離れない。しかし四六時中は不可能だ。そのときはマリカから離れるな」
いつかはアオイ兄さまから離れるなと言われ、それが原因で喧嘩になったことを思い出す。
けれど今日は、私もおとなしく頷いた。
「隙を見せたらあっさり奪っていく。そうやってあの男が手に入れたものは多い。――手腕は買うが、やり方が下衆すぎる」
あまり詳しくは言いたくないが警戒はしてほしい、という感じだ。
彼はよく『政治手腕に優れている』と評されるが、そのやり方は意外なくらいにフェアなものだ。
フェアであろうとすれば『甘い』と言われてしまいそうなものだが、フェアであるままに目的を完璧に遂行できるところが、彼のすごいところだと思う。
ただ『手段を選ばない』人間の方が選択肢は多い。必然的にそれだけ優勢になる。
手腕は買う、と実力は認めている者が相手ならなおさら、警戒するのだろう。
対象が私だということはいまいちピンと来ないけれど、国をくれと言うくらいの人物なら、対抗心だけで他人の妃を奪うことくらいはやってしまうのかもしれない。常識では考えられないけれど。
ぐるぐるとそんなことを考えていると、彼が私の髪を軽く梳いた。
そして、無表情のまま言う。
「本当はお前をあいつの視界にも入れたくないが。……いや、むしろここから一歩も外へ出したくないが」
私は頬が熱くなって、慌てて俯く。
「じょ、冗談、」
「そう思うか?」
彼がわずかにこちらをのぞきこむ気配がした。
「だ……だってさっき、物じゃないって」
ちらりと彼を見遣り、そう言うと、彼はふっと笑った。
「そうだ、だから困ってる」
全然困っていないような表情でそんなことを言ってのけるから、からかわれているのか本気なのかわからない。
変な顔をしている私の額にふわりとくちづけを落とし、彼は立ち上がった。
「心配しなくてもそんな馬鹿な真似はしない。寝るぞ」
私も遅れて立ち上がる。
心配をしているわけではなくて……ただ少し、そんなことを彼が考えているなんて、意外だと思った。
とにかく明日は、私もちゃんと警戒しようと気を引き締めた。
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