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「今日中に実行なさってくださいね!」というマリカさんの言葉を思い出し、私はため息をつきながら廊下を歩いた。
変な相談をするんじゃなかった、と後悔してももう遅い。
それに、彼をもっとどきどきさせたいのは本当だった。
どうすれば少しでも緊張せずに、自然にできるだろうか。彼に笑われたりしないだろうか。
そんなことを考えながら、中庭のそばを通りかかると、草の上に座り込む人影が目に入った。
彼だ。
剣の稽古の休憩中らしく、質素な服装で足を無造作に投げだし、座っている。
側に咲く花をぼんやりと眺めているみたいだ。
めずらしく気を抜いている様子の彼を見ていると、自然と頬が緩む。
この気持ちのままに、動けばいいのかもしれない。
私は胸を押さえ、大きく息を吸った。
「カズマ様っ」
私の声に、彼がこちらを振り返った。
ゆっくりと立ち上がる。
私が大きい声で彼を呼ぶことなんてめったにないからか、わずかに驚いたような顔をしている。
私は彼に駆け寄り、勢いのまま肩に手をかけた。
必死で背伸びをして、目を閉じる。
一瞬だけ、掠めるように触れた唇を離すと、私は背伸びをやめて、彼を見上げた。
彼は無表情でこちらを見下ろしている。
「……ど、どきどきしましたか?」
熱くてしかたがない頬を意識しながら、彼に尋ねる。
「……」
しかし彼は無表情のまま、何も言わない。身動きひとつしない。
その反応に、私は焦った。
「あの、そ、その顔は……どきどきしてない、っていうか……怒って……?わ、私がいきなりキスしたから?いやでもカズマ様だってよく……」
わたわたと言い募る私を、彼の一言が遮った。
「もう一回」
「……え?」
唐突な、予想もしない言葉に、私は意味を飲み込めず、間の抜けた声をあげる。
彼は無言のままだ。
私は時間差でようやく意味を理解した。
「も、もう一回って……もう恥ずかしい、ので……」
思いもかけない展開に、俯くことしかできない。
すると、彼が私の両腕を持ち上げて、肩にかけさせた。
黙ってこちらを見下ろしたまま。
これはもう逃げられない、と私は悟った。
「あの……じゃ、じゃあ、目、つぶってください」
俯いたまま、小さな声で懇願する。
そんなに見られていたら、とてもじゃないけれどできない。
彼は素直に目を閉じる。
私もぎゅっと目を閉じて、再び彼に口づけた。
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