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「マリカの言ったことに賛成していたが」
どうやらマリカさんとのやりとりを聞いていたらしい。いつの間に。
「言われたいっていう意味じゃなくて……その、主人公が素敵なんだろうなあと思って言ったんです」
ただ話を合わせただけ、というのが本当のところなのだけれど。
「俺だってそれくらい言える」
「……え?」
「そしたらこの主人公のイメージはあのイモ王子じゃなくなるだろう?貸してみろ」
「あっ……」
彼は私の手から本をさっと抜き取り、読みながら部屋に入る。
こういう小説なんて「くだらん」と一蹴しそうな彼がそれを読んでいる、というのはなんだか新鮮な風景だった。
ざっと読み終えた彼は、本を片手に持ったまま、私の隣に座った。
私の髪を一束もてあそびながら、彼は小説の台詞を朗読し始める。
「あー……、あなたのその髪が揺れるたびに私の心もどうしようもなく揺れていることにあなたは気付いているのだろうか私があなたにこうして触れているだけで胸が張り裂けそうになっていることにも」
「……」
「いえきっとあなたは気付ていないだからこんなにも澄んだ瞳で私を見つめるのだろう私の本当の想いを知ればきっとあなたの輝きは失われてしまうだろうそれが怖くて私はこれまであなたに触れることができずにいたのだから」
「……あの、カズマ様」
確かに、うっとりしてしまうような台詞、かもしれない。
―――こんなに棒読みで、無表情じゃなければ。
「けれどあなたがこんなにも近くにいてその美しい花のような姿が目の前にあって私はもはや気持ちを抑えることはできない私のものになってほしい姫君……この男は気でも狂ってるのか?」
眉をひそめながら、彼は片手で私を押し倒す。
「か、カズマ様ってば!待っ、」
「ああ夢のようだあなたとこうしていられるなら神に背こうが怖くない私のただひとつの宝石……前置きの長い男だ」
棒読みな台詞にいちいちつっこみを入れながらも、私に触れる手つきだけ妙にリアリティがある。
「ちょっ……やっ!そ、そんな描写あるんですかっ!?」
「当たり前だ。ちなみにこの時この男はひたすら女の名前を囁いているそうだ」
「待ってください!ここ客間ですからっ」
「心配するな、この話は牢の中らしい」
なにが『心配するな』なのかさっぱりわからない。
彼はそのままさらに台詞を棒読みし始める。手も止めずに。わけがわからない状況だ。
「ややややめてくださいっ!なんかいろんなイメージがこわれちゃう!カズマ様はそんなこと言わないほうが好きです!それに私はカズマ様だけが好きなんだから、こんなのを言われたいなんてほんとに思ってないんです!」
私が大慌てでまくしたてると、彼はぴたりと手を止めた。本も閉じて机に置く。
「だったらよその王族やら、いもしない男をほめるんじゃない」
やはりというか、原因はそれだった。
「だ、だからそれはそんな意味じゃなくて……とにかく私はいつもどおりのカズマ様にしかどきどきしません!他の人なんて……」
起き上がって必死に訴える。
たまに子どもみたいなやきもちのやき方をするひとだけど、そんなときは私が正直にならないと許してくれないと、わかっていた。
彼は無表情でこちらを見る。
そして、
「じゃあ確かめていいか」
「確かめるってどうやって……わっ!」
言うなり、せっかく起き上がった私を再び押し倒す。
「さっきの長たらしい台詞は、これで済む」
「え?……っん!」
彼の『台詞』に言葉はなくて、噛み付くように唇が奪われた。
さっき私が言ったことは本当だと、彼には簡単に伝わってしまっただろう。――もっとも、『確かめる』なんて言う前から、絶対に彼は知っていたはずだけれど。
なんとか彼のやきもちをしずめたのはいいけれど、今度は、今が晩餐会の最中だと彼に納得させるのに、ものすごく苦労するはめになってしまったのだった。
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