▼
「っ!か…カズマ様!聞い……いつから聞いて……っ!」
私はあまりの恥ずかしさに動転しながら尋ねる。
「ユキに話しかけたところから」
「……さ、最初から?」
私は愕然とした。
「笑いをこらえるのが大変だった」
そう言ってわずかに口の端を上げるから、私はもう悔しくて恥ずかしくて、埋もれるようにユキに抱き着いた。
「うううう〜!私は一生懸命考えてたのにっ!やっぱりカズマ様は私にどきどきなんてしないんですね!」
「そんなわけがあるか。今も、お前の願望とやらを全部叶えないと仕事に戻れないと思ってる」
彼が意地悪な表情でそう言っているのは、顔を見なくてもわかる。
「……からかわないでください。それに私だけがどきどきしたいんじゃなくて、カズマ様をどきどきさせたいんですっ!」
ユキに抱き着いたまま振り返り、私は彼に悔しさをぶつけた。
すると、彼が無表情でこちらへ歩み寄った。
私の前にあぐらをかいて座る。
目線の高さが同じになった。
「今の台詞を殺し文句だと思うくらいには、俺はお前に翻弄されてるつもりなんだが」
無表情でそんなことを言うから、私は慌てる。
「ほ、翻弄!?まだからかってるんですか……わっ!」
最後まで言う前に、彼が私をユキから引きはがした。
腰と後ろ頭に手を回し、私を腕の中に包み込む。
「ほら、心臓、速いだろうが」
耳元に彼の心臓があって、鼓動を打っているのがわかる。
だけど――
「……じ、自分の心臓のほうが全然速くて、速いのかどうかわかりません」
精一杯、そう答える。
すると彼が笑った気配がした。
「そういうのがだいたい効いてるから心配するな」
「え、ええ……?」
意味がわからなくて、顔を上げて彼を見る。
全然わからないけれど、なんとなく、照れるようなことを言われたのはわかって――顔が熱くなっている気がした。
彼はそんな私を見て、意地悪な顔をした。
「今ここでお前の願望を叶えたら、俺の願望も叶えたくなるな。やっぱり後にするか」
「……あ、あの、」
それはどういう意味ですか、と尋ねようとしたけれど。
「その時は、ユキにじゃなくて俺に直接言え」
わざと耳元で囁かれて、私はもう何もしゃべれなくなってしまった。
しれっと立ち上がって部屋を出ていく彼の後ろ姿。
情けなく耳を押さえて座り込んだままの私。
「か、カズマ様の馬鹿ぁ……」
それが、私がやっと発した言葉だった。
結局、私だけがどきどきしているとしか思えない。
prev / next
(2/2)