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たぶん時間にすればかなり速く、だけど私の目にはゆっくりと、夕日が海へと沈んでいく。
夕日が海とひとつになるほど、きらきらとまぶしく輝いているように見えて、私は言葉もなく目を細めた。
永遠をもたらしてくれそうな、美しい景色。
例えこの世界に、本当は永遠なんてものはないのだとしても、それでも信じてしまいたくなるような、景色だった。
それを『綺麗』と、ありきたりにしか表現できない自分がもどかしいくらいに。――だけど本当に、それしか言えなかった。
「結婚記念日に、カズマ様とここに来られてよかったです」
ありきたりだけど正直な気持ちを、彼にも伝える。
彼は何も言わずに、私の頭を撫でる。
このひとの妻でよかったと、心から思った。
海に消えた夕日が残した最後の光が消えて、岬はうっすらと暗くなっていた。
「高い所が怖くなくなる方法を教えてやろうか?」
ふいに、彼が意地悪そうな笑みを浮かべて言った。
「……何ですか?」
この顔はからかおうとしている顔だ、と警戒しながらも、私は彼に問い返す。
「目を閉じてみろ」
「え……」
高い所にいると自覚している状態で目を閉じるなんて怖すぎる。
もし彼がからかうつもりで手を放そうものなら、パニックになって海に落ちてしまうかもしれない。
私は激しく首を振った。
「絶対嫌です!そんなのますます怖いじゃないですか!」
しかし彼は眉をひそめて、不機嫌そうに繰り返す。
「いいから目を閉じろ」
鋭いその視線に促され、私はしぶしぶ目を閉じた。
何を企んでいるんだろう。
目を閉じると、足元がおぼつかない気がしてきて、ますます彼の腕をつかむ力が強くなる。
やっぱり怖いじゃないですか、と抗議しようとした瞬間。
ふわりと唇が重ねられた。
「あ、あれ……?」
びっくりして目を開くと、彼が小さく笑っている。
「だっ、騙し……!」
恥ずかしいのと悔しいのとで、私は勢いよく彼から離れた。
「騙してない。お前はこれで怖いどころじゃなくなるだろうが」
「……っ!」
図星ではある。
ある、けど……
「……カズマ様、それ絶対、今考えましたよね?」
「馬鹿言うな」
彼はしれっとした表情で回れ右をして、すたすたと歩き始める。
「あっ!」
彼に置いて行かれて、私は恐怖を思い出す。
「か、カズマ様ぁ……置いてかないでください〜!」
情けなくその場にしゃがみ込むと、彼が振り返り、こちらへ戻ってきた。
「あれじゃ足りなかったか」
口の端を上げて笑う彼を、私はぽかぽかと叩く。
「いじわる!ほんとに怖いのにっ!」
彼はそんな私の手を掴んで立たせ、笑いを堪える表情で「悪かった」と言った。
「今度からお前に甘えてほしいときは高い所に連れていくことにする」
全く反省の色が見られない彼に、私はひたすら「いじわる!」と繰り返すしかできなかったのだった。
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