▼
心あたりの場所まで戻ると、紙袋を抱えた男の人が、ちょうど私の髪飾りを拾い上げているところだった。私よりは年上だろう、でも若い人だ。
私は安堵して男の人に近寄る。
「あの、それ……私が落としたものなんです。拾っていただいてありがとうございます」
男の人はこちらを見ると、笑って髪飾りを手渡してくれた。
「そうか、綺麗だからあやうくネコババするとこだったよ、よかったよかった!」
「本当にありがとうございます!大切なものだったのでうれしいです!」
私が頭を下げると、男の人は私の顔をひょいとのぞきこんだ。
「ねえ、君かわいいね。うちで働かないかい?」
「えっ?」
きょとんとして顔を上げると、男の人はにこにこしながら言った。
「俺、小さい食堂の店主なんだけどさ、君みたいな子が看板娘になってくれたら商売繁盛だなと思ってね!なんなら今日一日だけでもいいんだ!楽しかったらまた来てくれたらいいし」
私は困惑した。
悪い人ではなさそうだけど、ぐいぐい来る。もちろん、働くわけにはいかない。
しかし身分を明かすわけにもいかず、何と言って断ればいいのか思案していると、背後から腕をつかまれた。
「俺の妻に何の用だ」
振り返ると、不機嫌な顔の彼が店主を睨みつけていた。
「カズマ様!」
「一人でとんでいくな、馬鹿」
彼は小さく私を叱ると、再び店主に視線を向ける。
「あのっ、カズマ様!違うんです、この方は髪飾りを拾ってくれて!」
「いやいや!ただうちの食堂で働かないかって話してただけですよ!」
彼の鋭い視線に焦った私と店主は、同時に弁解した。
「働くだと?」
「ちょっとだけでいいんですよ、こちらのお嬢さんを貸してくれませんか?」
店主は笑顔で彼に詰め寄る。
彼の視線にへこたれないとは、意外と強い人だ。
しかし彼は、無表情で即答した。
「悪いが俺はこいつが一瞬でもそばを離れると気が狂いそうになるんだ。他を当たってくれ」
「っ!うそばっかり!」
私は慌てて彼の服をひっぱる。
こんな街なかで恥ずかしいことを言わないでほしい。
案の定、店主は呆れたように苦笑していた。
「そ、それはおあついことで……」
あきらめてはくれたようだが、変な印象を与えてしまった。おかしな夫婦だと思われたに違いない。
それに、店主は私の髪飾りを拾ってくれた。何のお礼もしないのは気がひけて、私は彼に提案する。
「カズマ様、あの、もちろん働くことはできないですけど、せっかくだからこの方の食堂でお食事していきませんか?ちょうどお昼ですし」
私の意図を悟ったのか、彼は一瞬眉をひそめたものの了承した。
「……お前がいいなら、俺は別に構わないが」
「ほんとかい!?やさしいねえ!やっぱりうちに、」
再びの鋭い視線に、さすがに店主は「すみません」と引き下がった。
****
prev / next
(2/3)