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聞こえるのはお互いの息遣い、きぬ擦れの音、自分のものとは思えない声。
落とされる、熱くて甘いくちづけ。
他には何も感じられなくて、この世界に二人しかいないような錯覚に陥る。
――だけど。
「ま、待ってくださいっ……!」
既に乱れてしまっている彼の服をぎゅっと掴み、私は懇願した。
「想像してたのと……全然違って、もうこれ以上は、私……」
すると彼は思いきり眉間にしわを寄せた。
「いまさらやめろって?お前俺を殺す気か。想像していた通りにしてやるから言え」
その言葉自体もこちらが赤面してしまうようなものだったけれど、私が言おうとしていることはそういう意味ではなかった。
「あの、違うんです………わ、私の心臓が、想像してたのより全然、すごいことになってて、もう……」
恥ずかしすぎて、思わず手で顔を覆う。びっくりするほど顔が赤いはずだ。
そして、本当に、心臓がこれ以上ないほどに暴れていて、息が苦しい。
私に触れていた彼は気付いているのだろうと思うと、ますます速く鼓動を打ち始めてしまう。
「これ以上は……私、おかしくなっちゃいます……だから……」
彼が、優しく、だけど強い力で私の腕をどける。
いたたまれない気持ちで彼を見上げると、彼は笑っていた。
たぶんこの表情は『愛しい』と思っているときの。
――いつの間にそんなことがわかる自分になっていたのだろう。
「おかしくなっていい。俺が全部見ててやる」
「そっ……!」
それはもっと恥ずかしいです、と言おうとしたのに、呼吸がうまくできないせいか、言えなかった。
「大丈夫だ」
彼は、すごく熱くなってしまっている私の手を取り、手のひらにキスをした。
彼の唇も、熱い。
――兄さまが怪我をしたあの時もそうだった。彼の『大丈夫』は魔法のことばだ。
恥ずかしさも不安も、おさまらない鼓動も……消えるわけじゃないのに、『大丈夫』な気がしてくる。
だから、そんなのも全部ひっくるめて、彼に触れていてほしくなる。
私も、彼に触れたくなる。
慈しむような瞳で私を見下ろす彼を、おそるおそる見上げる。
視線が合うと、たまらない気持ちに息が止まりそうになった。
――だから、私はその気持ちを、正直に口にする。
「……カズマ様、だいすきです」
その言葉を言った瞬間に、彼の手と唇がまた私に触れて、そこからは全く頭が働かなくなってしまった。
だからそれから先のことはよく覚えていない。
うっすらと記憶に残っているのは、何度も名前を呼ばれたこと。
それから、意識を失う寸前に、小さな声で囁かれた言葉。
――それはたぶん。
「愛してる」
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