▼ 31:honey moon (5)
南の宮殿で過ごす最後の夜。
湯殿から出て、廊下にある窓から夜空を眺める。
星が綺麗で思わずぼうっと見とれてしまう。
すると、
「いい加減にしろよ。俺を焦らすのはお前の趣味か」
不機嫌な声がしたと思うと、腕を掴まれ、無理矢理後ろを振り返らされた。
もちろん声の主は彼だった。
「え、と……」
ぎくりとして口ごもる。
彼が言いたいことは、わかっている。
出発前に、……私が言ったこと。
「最後の夜にこんなとこで寄り道とはいい度胸だ。前の二日間も人が湯浴みをしている隙にさっさと寝ていたな、わざとか?」
「まさか!昼間はしゃぎすぎて、つい……」
私は慌てて否定した。
そんなつもりはなかった。
しかし、私の言葉に彼はさらに眉をひそめた。
「ついだと?俺がどこまで我慢できるか試してるのか。だとしたらもうここで限界だ。来い」
彼が私の腕を強く掴む。
「わ、わわわ!ちょっと、待っ、」
「お前がその気にさせたんだろうが」
試すなんて誤解です、と言いかけた私の言葉を遮り、彼は早足で部屋へと私を連れて行った。
部屋の扉を閉め、彼が鍵をかける。
「あの、嫌だったわけじゃ、ないんです……ただ、ほんとに……」
「わかってる」
さっきとは違う、ひどく優しい声でそう言ったかと思うと、彼は私の顎を持ち上げ、キスをした。
優しいのに、恥ずかしくなるようなキスが繰り返されて、私の体温はこれまでにないくらいに上昇する。
「俺がもう待てないのもわかってるだろう」
キスの合間に吐息混じりに彼が言う。
なんだかもう、その言葉だけで私の頭はくらくらしてしまう。
力が抜けてがくりと崩れ落ちそうになる私を、彼が支えた。
「カズマ様……あの、」
「そんな顔をされても、誘っているようにしか見えない」
「ち、違……」
彼の声や言葉のひとつひとつに反応して、いちいち恥ずかしくなってしまう自分を自覚する。
そんな自分がまた恥ずかしい。
彼にどんな風に映っているの。
すると彼はふっと笑った。
「悪かった。もういじめない」
そう言って、私をふわりと抱き上げる。
恥ずかしさで涙目になっている私の瞼にくちづけると、彼は部屋の奥へと進んだ。
ベッドに降ろされ、軽く肩を押される。あっけなく仰向けに倒れてしまう。
視界がぐるぐるして、彼以外は何も目に入らなくなった。
「これで本当に最後だ。嫌なら言え」
やっぱりどうしようもなく優しい彼に、私は泣きたくなりながら何度も首を振る。
身体は震えているし、心臓は今にも爆発しそうだけれど。
彼の指が頬に触れて、二人の視線が合う。
ほんの少しだけ、余裕なさげな表情になっている彼がひとつ息を吐いた。
「……リン」
名前を呼ばれ、空気が揺れる。
両手に彼の指が絡み、私の動きを優しく封じる。
私は息を止めて、ぎゅっと目を閉じた。
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