▼ chap.06 事件(中編)
昔から、『怖いこと』には慣れていた。
一応、日夏は『政治家の娘』だったからだ。
誘拐されかけたこともあるし、父を脅すための盾にされたこともある。
それも、幼い頃に、だ。
そういう体験に比べたら近所の悪ガキなんて全然怖くなくて、『男の子も泣かせるジャジャ馬娘』なんて言われた。
だから、今回の脅しだって、怖くはない。
あの男が言った『困ること』も、自分自身に何か仕掛けられるのなら平気だ。あまり使いたくない手段だけど、いざとなれば日向を喚べる、という安心感もある。
でも、あの男は、早瀬のことまで妙に詳しく知っていた。
もしかしたら、早瀬の母である千歳や、日夏の親友である吉野のことまで調べているかもしれない。
おまけに、秋津の知り合いのようだった。
自衛の手段がない、日夏の大切な人たちに何か危害を加えるつもりなのだとしたら、むやみに動けない。
(とりあえず、来週になれば何か行動を起こしてくるわけよね?)
相手のことがわからない以上、その時受けて立つしかないと、日夏は今日のことを周りに黙っておくことにした。
しかし、秋津からは少し、何か聞けるかもしれない。
(明日、秋津くんにそれとなく探りを入れてみよう)
今は他のことで頭が混乱しているというのに、と日夏はため息をついた。
なんとなく嫌な予感がしながらも、それがまだ実感には至っていない。
日夏は少し、油断していたのかもしれなかった。
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