▼ chap.03 恋敵(前編)
春の風が、満開の花々をやさしく撫でている。
郊外にある墓地にも、色とりどりの花が咲き乱れ、ここで眠る人々は幸せだろう、と思えるような情景だ。
その墓地に、大柄な男と長身で細身の女が立っている。
男はひとつの墓の前で祈りを捧げており、女はその後ろで背筋を伸ばして控えている。
女の長い黒髪が風になびく。
そこに眠る死者を心から悼んでいる、ということが伝わってくるような静寂が、この墓地に満ちていた。
「凍瀧さん!灯!」
よく通る透明な声がその静寂を破り、凍瀧(いてたき)と呼ばれた男は声の主を振り返った。
「日夏!久しぶりだな」
二人のもとへ駆け寄ってきた少女――日夏は、花束をふたつ腕に抱えている。
「凍瀧さんがわたしたちに会いにくるときはいつも墓地で待ち合わせよね」
軽く笑った日夏は、持っていた花束を目の前の墓と、その隣の墓にそれぞれ飾った。
「当たり前だ。二人に挨拶していかなきゃ文句言われちまう」
「律儀だなあ、凍瀧さんは。灯、王宮でも相変わらずこんな感じなの?」
なんで直接俺に聞かないんだ、という凍瀧の言葉を流して、黒髪の女性が淡々と答える。
「はい。主は相変わらずこのような調子ですので、国王陛下に煙たがられていらっしゃいます」
「やっぱり!」
凍瀧は、死んだ日夏と早瀬の父たちの同僚だった人物で、今は王宮で宰相を務めている。
曲がったことが嫌いなまっすぐな気性と、おおらかな人柄で、人望が厚い。
灯(あかり)とよばれた女性は、彼が契約している精霊で、本来の姿は黒ヒョウだ。
凍瀧の一族は、代々、精霊を従者としてそばにおいている。
垂氷のようにずっと同じ精霊と契約しているわけではなく、それぞれが契約した精霊を従者として教育する。
これも前時代の名残のようなものだが、この一族の者と契約する精霊は、そういった素質があるものが多く、灯も従者兼ボディガードのような立場で、凍瀧と共に王宮に暮らしている。
凍瀧には歳の離れた妹がおり、その妹と契約している精霊も、もはや執事といっていいほどの存在だ。
凍瀧は、月に一度は二人が眠るこの墓地を訪れ、その後、日夏や早瀬、千歳の様子を見に来る。
父の死後、日夏の生活の世話をしてくれたのはこの凍瀧だ。
日夏は、凍瀧から王宮のいろいろな話を聞くのをいつも楽しみにしていた。
たいていは早瀬と共に会うのだが、今日彼は仕事があるため、日夏ひとりで彼らに会いに来た。
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