▼ chap.02 ふたりの記念日
春が近づき、少しずつ暖かくなってきたある日の昼。
日向は公園でひなたぼっこをしていた。
日夏は今、親友の吉野と会っている。
「女の子同士の話なんだからクロはどこかで散歩でもしてきてよ」と言われてしまったので、日夏が戻るまでここで昼寝でもしていようと思っている。
今、日向は黒い犬の姿だ。図書館にいるわけでもないし、こちらの方が楽だからだ。
ふと視線を上げると、挙動不振な人物が公園に入ってくるところだった。
大きな麻の袋を持ち、周りをキョロキョロ見回している。
「ありゃあ秋津じゃねーか」
秋津(あきつ)は、片田舎の図書館から日夏たちの図書館に最近異動してきた青年だ。
日夏よりひとつ年下で、いつも自信なさげに下を向いている。「すみません」が口ぐせだ。
職員のひとりが「顔はけっこうかわいいのに、あの性格はもったいないわよね」と言っていた気がする。
もっとも、職員たちとめったに会話しないため『性格』すらよくわからないが。
(こんなところでコソコソ何やってんだ?)
日向は気配を消して、秋津の様子を伺い始めた。
***
「ええっ!?卯浪さんが浮気してるかもしれないっ!?」
「……同僚がそう言ってるの。街に薬草を買い出しに行ったときに、女の人と腕を組んで歩いるのを見たって……」
「そんなばかな!卯浪さんに限って」
家を訪ねてきた吉野に『相談がある』と言われ、日夏は日向を追い出して話を聞いていた。
基本的に王宮付き薬剤師が自宅に帰れるのは月に数回だが、非番の日の外出は許可されている。
「人違いだと思いたいんだけど、もし本当なら、腕を組んでたなんてあまりにも決定的で……」
「お、お母さんとか!?」
「卯浪さんは歳の離れたお兄さんがいるからお母さまはご年配の方なの。仮に腕を組んでたとしても『浮気』には見えないと思う」
「そ、そんなあ……」
日夏は困り果てた。
いつもの二人を見ていたら、浮気なんて絶対にありえないと言い切れるのに、そんな目撃証言があったら何と言っていいかわからない。
何かの間違いだと思うが、軽々しくそんなことも言えない。
(でも卯浪さんが浮気なんて、性格的にもありえないはず。あの人だったら他に好きな人ができたらはっきりそう言いそうだし。コソコソ何かする人じゃない……たぶん)
そもそも、日夏はこういう相談には弱い。実体験がなさすぎるのだ。
「しかたない!早瀬に探りを入れてみよう!今日休みって言ってたし。ああ見えて口かたいから、卯浪さんに知られることはないよ」
「……口がかたかったら、卯浪さんから口止めされてたときは何も聞けないんじゃ」
「う……たしかに!……そ、そうだ!恥ずかしい過去をばらすとかなんとか早瀬に脅しをかけて、」
「日夏……そこまでしなくていいからね?」
とにかく、ふたりは早瀬の家に向かうことにした。
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