▼ chap.10 告白
「おい早瀬、今度は男から手紙だぞ」
そう言って先輩から差し出された封筒を見て、早瀬は眉をひそめた。
汚い字で『果たし状』と書いてある。
「幼なじみちゃんとこの忠犬がぎすぎすした顔でおしつけてきた」
「やっぱり…クロか」
封を開けると、中の便箋にも汚い字が並んでいる。
『仕事が終わったら図書館の地下書庫に来い。日夏は非番だからいねえ。来なかったら髪の毛全部抜いてやる』
謎の脅し文句は付いているが、予想通りの呼び出しだった。
「そろそろ来ると思ってたよ」
早瀬はため息とともに封筒を机にしまう。
日夏と喧嘩別れした日から、一週間が経っていた。
***
「おう、早かったじゃねえか。逃げるかと思ったぜ」
床にあぐらをかいて待っていたらしい日向は、早瀬を見ると立ち上がった。
「じゃあ、わけを聞かせてもらうぜ?……何で日夏を泣かしといてのうのうと暮らしてやがるてめえ!」
閉館後の地下書庫に日向の怒鳴り声が響き、早瀬は彼に襟首を掴まれた。
その勢いで本棚で背中を打つ。
早瀬は一瞬顔をしかめたが、日向をキッと睨みつけ、両手を払いのけた。
「だれがのうのうと暮らしてるだって?だいたい日夏は俺と出会ったときにはもう泣いてた。誰が泣かせたのか知りたいぐらいだ」
『幼なじみだと思ったことなんてない』――そんな誤解を招くような言葉だけしか伝えられていないまま、一週間だ。
本当は日夏に涙の理由を問いただして正直な気持ちを伝えたい。
だけど『関係ない』と言われてしまったのだ。その理由も原因もわからないし……聞くな、という意味なのだろう。
苛立ったような早瀬を見て、日向は嘲笑とも苦笑ともつかない表情を浮かべた。
「出会わなくたって、泣かせられんだぞ」
「どういう意味だ…?」
日向は答えない。
日夏が泣いて帰った日、早瀬が女の子から告白されたのだと、日向は卯浪から聞き出していた。
そしてここ数日、図書館にたむろする『早瀬を見守る会』の少女たちの間で『早瀬に好きな相手がいるらしい』と噂が立っていた。
そこからの想像は難しくなかった。
偶然か故意か――日夏は告白の現場を、見ていたのだろう。
タイミング的に、間違いない。
その後に早瀬本人と鉢合わせたのだろう。
日夏のことに関する自分の勘は、当たる。
そして、そうだとしたら、客観的事実がどうであろうと、日向にとって元凶は、目の前の早瀬ひとりだ。
早瀬に自らの予想をわざわざ教えてやる気などない。
だけど。
日夏が――泣いていたのなら。
このままではまた、泣いてしまうかもしれないのなら。
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