▼ chap.09 夕暮れとすれ違い
夏が過ぎるのはあまりにも早く、季節は秋へと着実に進んでいた。
夏の名残を惜しみながらも、秋の訪れに人々は穏やかさを感じ始める。
そんな中、早瀬は苦悩していた。
「一体いつ日夏に告白すればいいんだ…」
日夏とはあれから、何事もなかったかのように仲良く過ごしている。
事件以前の日夏の変な態度もなぜか解消され、早瀬にとっては追い風状態――のはずだったのだが。
日夏は今、精霊の契約者を移す魔法を絶賛習得中なのである。
この魔法は呪文を唱えることで発動されるタイプのものだ。唱えるべき呪文は簡単なものなのだが、その呪文が古代文字で書かれた暗号になっており、それを解読する作業が難解だった。
まず魔法陣を書くと、呪文が書かれた古い紙があらわれる。それはひとつとして同じものはなく、個人が解読する必要があった。
慣れない古代文字を訳し暗号を魔法を用いて解読する――それは魔力もさることながら根気の必要な作業であった。
日夏は、教員たちに『筋はいい』と評されていたものの、試験となるとことごとく弱かった。
そんな成り行きからか、日夏は自分が魔法のセンスがないと思い込んでいるが、実際のところ、魔力の強かった父の血を受け継いでいると早瀬は思っている。
第一、魔法陣を描いたところで、なかなか呪文はあらわれないものなのだ。
日夏はそれをあっさりとクリアしてしまっていた。
――とはいえ、呪文の解読に昼夜必死になっている日夏には、隙がなかった。
おまけに、以前にも増して日向のガードが固くなったような気がする。
そんなわけで早瀬は、決意をかためた日から二月以上経った今も、それを実行に移せていないという情けない状況に陥っていた。
長い時間話したのは、日向に魔法を施すことになった経緯を日夏が話してくれたときくらいで、それからは出会っても、当たり障りのない話しかしていない。
(うまく避けられてる……わけじゃないよなあ?)
自室の机で頬杖をつき、早瀬は考え込む。
話ができたときの日夏の態度からすれば避けられているとは考えにくいが、日夏が熱を出した日に自分がしたことを思い出すと、自信がなくなるのだった。
いずれにせよ、日夏とゆっくり話すチャンスがなければ告白もできるわけがない。
早瀬がため息を連発していると、部屋のドアがノックされ、母親の千歳が入ってきた。
「早瀬、コーヒーいれたけど飲むでしょ?」
「ああ、ありがと」
早瀬は千歳からコーヒーカップを受け取る。
千歳はそのまま出ていくのかと思いきや、コーヒーを飲んでいる早瀬の顔を無遠慮にのぞきこんできた。
そして、
「ところで早瀬、いつなっちゃんに告白するの?」
早瀬はコーヒーを噴き出しそうになった。
「な、何言い出すんだよっ!……っ!垂氷に何か聞いたのか!?」
「垂氷?何も聞いてないけど。ただ早瀬最近そわそわしてるし、なっちゃんに告白する決意をしたのかなって」
「そわそわ……?」
早瀬は情けない気分になった。
『母の勘』という言葉では片付けられそうにない。
なぜかというと早瀬は先日、卯浪に「いつ日夏に告白するんだ?」と尋ねられ、「いつ日夏に告白するんだよお前!」と凍瀧にどやされていたからだ。
確かに事件の日、早瀬は日夏に気持ちを打ち明ける決意をした。
とはいえ、そんなにバレバレなほど態度に出していたのだろうか。
それとも、早瀬の思考回路は誰からも予想可能なものだということかもしれない。
どちらにしても情けないことに変わりはなかった。
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