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その日、秋津は妙に上機嫌だった。
最近はよく笑うようになったとはいえ、やけに笑顔を見せている。
日夏は複雑な思いで秋津を見ていた。
秋津の笑顔に、嫌な予感を覚えてしまう。それが嫌だった。
(でも、どうやって探りを入れよう)
下手な聞き方をすれば、秋津からあの男に伝わってしまうかもしれない。
そして、その時危ないのは、男と知り合いらしい、秋津その人だ。
(ああもう!こんな時、早瀬だったらうまく聞き出してくれそうなのに!)
早瀬に協力を頼むなら、事情を説明しなければならない。そうすれば、首をつっこむなと止められるのは目に見えている。
もちろん男に牽制されているから他人に話せない、という理由もあるが、早瀬はそういうことも含めて、うまくやってくれるだろう。
(だけど、早瀬に会えば変な態度とっちゃうからなあ……)
そして最終的に、早瀬に頼らず自分で何とかしようという結論にたどり着く。
これは、昨日から何度もぐるぐると繰り返していることだった。
結局、日夏はストレートな質問をぶつけることにした。
「秋津くん、なんか今日いつもより元気だけど、何かいいことあったの?」
とりあえず、怪しまれないように笑顔で話しかける。いくら不器用な日夏でも、そのくらいの演技はできる。
秋津は、言われて初めて気付いたというように、驚いて日夏を振り返った。
「えっ、僕、そんな風に見えますか」
「うん、機嫌がいいっていうか、晴れ晴れしてる?っていうか」
秋津は、なぜか照れたように笑う。
「日夏さんって、ほんとすごいですね」
「え?」
「そうやって、僕みたいなのまでしっかり見ててくれる、優しい人だから、いろんな人に好かれてるんですね、きっと」
日夏には彼の言葉の意味がわからない。
首を傾げていると、秋津が言葉を続けた。
「日夏さんが僕にたくさん勇気をくれたから、少しだけ前に進めたんです。それがある人の気持ちも少し前に進めることに繋がって、二人でもう一歩、踏み出せそうなんです」
本当に嬉しそうに、秋津は語る。
日夏は、『勇気をくれた』なんて心当たりがなかったが、誰かのなにげない一言が思わぬ力になることがある、と知っていた。
秋津にそれを与えられたのだとしたら、日夏にとっても嬉しいことだ。
だが、それは、本当にいいことなのだろうか?
秋津の『前進』に、水を差したくなかったが、あの男の不気味な目つきが、脳裏をよぎる。
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