星月 | ナノ


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日夏と日向が仕事に戻ろうと振り返ると、階段を見知った二人が昇ってくるのが見えた。

むこうもこちらに気付いたらしく、手を振っている。

日夏は二人に近寄った。

「吉野!卯浪さん!」

「日夏、お疲れ様」

吉野(よしの)と呼ばれた少女がひかえめに微笑む。内気そうな美女だ。

「吉野、非番なの?」

「ええ、今日と明日は家に帰れるの。明日会える?」

「うん、よかった!明日わたしも休みなんだ!」


吉野は王宮付きの薬剤師である。ふだんは王宮に詰めているため、月に数回しか自宅に帰れない。

学生のころから、日夏のいちばんの友人だが、仕事を始めてからは会う機会が減ってしまっていた。


と、彼女のとなりにいる背の高い青年が口を開く。

「早瀬はあいかわらずの人気だな」

さっきの騒ぎを見ていたらしい。

「卯浪さん、早瀬って観測所でもあんなかんじなの?」

「観測所は男がほとんどだからな。でも早瀬はいつも輪の中心にいるな。からかわれていることも多いが」

卯浪(うなみ)は早瀬と同じく天文観測所に勤めている。日夏たちの二年先輩だ。

寡黙な卯浪と明るい早瀬は、意外と気が合うらしく、学生時代からよく一緒にいた。

今も職場の良い先輩後輩らしい。


そして卯浪と吉野は恋人同士だ。

意外にも先に告白したのは吉野なのだが、卯浪が吉野をとても大事にしているのは、周囲の目から見ても明らかだ。

日夏にとって二人は憧れでもあった。

もちろん自分の場合、相手に心あたりはまったくない状態だけれど。


「ケッ!気にくわねえ!」

まだいらいらが収まらないらしい日向が吐き捨てるように言う。

「お前は垂氷が気にくわないだけだろう」

「どっちもだよ!どっちも!」

日向も吉野や卯浪には好感を持っているらしく、話に入ってくる。

「ところでお前らこんなところで何してるんだ?逢い引きってやつか!?」

「逢い引……そんなんじゃありませんっ」

真っ赤になる吉野の頭を軽く撫で、卯浪が代わりに答える。

「吉野の課題に必要な資料を探しに来た。まだ見習いだから課題が出るんだと」

「えっ?本なんて読まなくても、吉野だったら植物たちに『聞け』ば、かんたんじゃない」

「今回の課題は、動物の血を使った薬についてなの……。私、動物とは『話せ』ないから」



星の民の魔法は、ふたつのタイプに分けられる。

ある事柄に関してだけ力を持つ『能力型』と、何かを媒介して魔法を使う『起点型』だ。

吉野は『植物と話せる』という力を持った能力型。

卯浪も同じく能力型で、耳をすますとかなり遠い所の音を拾うことができる。

一方、日夏は起点型で、彼女の起点は文字だ。

昔は紙と万年筆を使わないと魔法を発動できなかったが、今は空中に万年筆で文字を書くだけで発動できる。

早瀬も、言葉によって魔法を発動する起点型だ。

リスクも大きいが、日夏のように道具を必要としないため、手早く魔法が使える。


起点型は、知識や力次第であらゆる魔法を使えるが、能力型はそれが限られている。

だが、うまく応用すれば非常に役に立つ使い方もできるため、どちらのタイプも学校であらゆる訓練を積む。


ちなみに、精霊を作り出す魔法と、魔力を他人に移す魔法だけは、魔法陣と呪文を用いて行うため、どちらのタイプも使える。

もちろん後者には、かなりの魔力が必要だが。



「そっかあ。せっかくの休日なのに忙しいのね」

「大丈夫、今日の夜にささっと終わらせるわ」

「さすが秀才!でもいいの?明日わたしと会ってて。卯浪さんとゆっくりする時間がないじゃない」

「明日は卯浪さん出勤だし、……今日は一日一緒にいてくれるから大丈夫なの」


日夏は、照れる吉野を見て、かわいいなあと思う。卯浪さんは幸せ者だ。

「わかった!じゃあ二人の邪魔をしちゃいけないし、ゆっくり本探していって。明日の昼にそっちに行くから」


二人から離れ、今度こそ仕事に戻る。ちょっとさぼりすぎてしまった。


「さてと、わたしは昼からは書庫の整理をしなくちゃいけないんだった。クロは今日届く新刊を運ばなきゃ!」

「そうだった。あー、今日は秋津と一緒か。あいつもよくわかんねー奴だからさっさと終わらせるぜ!なんかあったら呼べよ!じゃあ後でな!」



地方の居住区内では、人々は職場にも精霊を連れていくのがふつうだが、王都の、特に公共施設では、精霊を連れて勤務する者はほとんどいない。

公共施設に動物がいるなんて、と月の民たちに眉をひそめられてしまうからだ。


だが、日向は「俺は人間だ!力仕事も得意だ!日夏と一緒に働かせろ!」と図書館側を押し切り、力仕事専門の職員として特別に図書館で勤務している。(タダ働きだが)

意外と仕事が性に合っているらしく、おとなしく働いてくれているので、日夏としてはなにかと安心だ。


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