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「はい、どちらさまですか」
「日夏、おつかれ」
扉を開けると、立っていたのは早瀬だった。
仕事帰りのようだ。
さっきまでいろいろと考えていたせいか、日夏は少し落ち着かなくなる。
早瀬はそんな日夏の様子には気付かず、いつもどおりに話し始めた。
「あのさ、この間館長に頼まれてた本持ってきたんだ。絶版になってて手に入らないけど、観測所に二冊あるから寄贈するって言ってたやつ。館長が日夏に言付けろって……あ、悪い。もしかして料理中だった?エプロンしてる」
「えっ、いや、あの、今食べようとしてたとこだけど、大丈夫。本のこと、館長から聞いてる。寄贈の書類に記入してもらわないといけないから、上がって?」
なぜか慌ててエプロンを外しながら、日夏は早瀬を招き入れた。
「いいのか?じゃあ記入しとくから日夏はごはん食べてて」
早瀬のこういう気遣いにふれると、自分の抱えているわがままな思いに、日夏は情けなくなってしまうのだった。
「げっ、早瀬じゃねーか!せっかく日夏が作ったメシがまずくなる!帰れ!」
リビングに現れた早瀬を見て、日向は顔をしかめた。食事をかきこむ手は止まらない。
「何だよ、いきなりひどい奴だな。書類書いたら帰るよ」
黒星の件は王宮側に任せるという結論が出たことで、二人の協力体制は解消されていた。
むしろ、自分を置いて日夏と二人で出掛けた早瀬に、日向は以前にも増して敵意をむき出しにしている。
日夏が書類を取りにリビングを出たところで、早瀬は気になっていたことを日向に尋ねた。
「ところで、法案は通りそうなのか?もうそろそろ証言しに行く頃だろ?」
「ああ、ちょうど明日だ。とくに反対の声も上がってないらしいぜ。法律ができたことであの男が自分から精霊を解放してくれたら一番いいんだけどな」
日向は手を止めて、早瀬に答える。
「それにしても、妙にでかいことになったなあ。本来の目的を忘れそうだ」
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