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日夏たちが東の街へ行った一週間後、吉野は、今日と同じオープンカフェで日夏と会っていた。
見るからに頭が混乱している様子で待ち合わせに現れた日夏は、吉野が事情を尋ねると、ぽつりぽつりと東の街でのできごとを話し始めた。
早瀬と妙に仲の良い女優・月華のこと。
彼女に言われてこんがらがってしまった自分の気持ち。
「でね、月華さんが早瀬に振られてるって聞いて、ほっとしてる自分がいて。そこが一番自分でもわからないの。早瀬に、わたしより近い人がいるのが嫌みたいで」
「日夏、それって……」
吉野が口を開こうとすると、日夏は「わかってる」という仕草をした。
「やっぱり、わがままだよね?今までずっと早瀬をすごく近くに感じてて、それで安心してたんだけど、月華さんに出会ってから急に変になったの。今の関係が『近い』と思えなくなって……」
「えっと……、」
それは恋敵の登場によって恋愛感情を自覚するというパターンの典型なのでは、と思った吉野だったが、とりあえず日夏の話を黙って聞くことにした。
「いちばん怖いのが、こんな風に思ってるって早瀬に知られること、みたい。すごくよくないことみたいな気がして……」
それは、好きだから相手の気持ちを知るのが怖いし知られるのも怖いという意味では、と思った吉野だったが、日夏の話を黙って聞き続けた。
「そのせいか、最近ときどき早瀬に変な態度取っちゃうの。昨日なんて顔についてたインクを拭いてくれようとしただけなのに手を払いのけちゃって……触られたら、なんだかいろいろばれるような気がして……そんな魔法、さすがの早瀬も使えないのにね」
「あの……」
これはもはやどう考えても間違いなく、『恋』という結論しか出ないと思うのだが。
さすがに吉野が黙っていられなくなってきたところで、日夏が再び口を開いた。
「吉野は誰かに対してこんな風に思ったこと、ある?」
ベストなタイミングでベストな質問が来た。
「あるわ。卯浪さんに」
吉野は、前のめりで答える。
これならさすがに自分の気持ちの正体に気付くだろう。
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