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日向(ひゅうが)は、日夏が『契約』している精霊である。
『星の民』には、精霊を喚びだして契約するという昔からの慣習がある。
古くは、精霊とは戦いで身を守ってくれる存在であったが、平和な現代ではその意味合いはなくなり、単に精霊と『契約』するという慣習のみが、通過儀礼のような形として残っている。
精霊たちは基本的に動物の姿をしているが、力の強い者や長く生きている者は、人間の姿になることができる。
そして精霊は、一度契約するとその相手が死ぬまで精霊界へ帰れない。
相手が死んで精霊界へ帰ったとき、彼らは人間界での記憶を全てなくすという。
精霊は、契約した者のパートナーとして、また家族の一員として共に生きていくが、明確な存在意義もなく精霊を喚びだし縛り付けるのはよくないのではないか、という『月の民』の批判を受けている慣習でもある。
たしかに、心ない契約者の都合で捨てられてしまい、精霊界にも帰ることができず路頭に迷う精霊たちもおり、問題になっている。
だが、ほとんどの『星の民』は、彼らを大切にしている。
日向は、日夏が赤ん坊のときに彼女の父に喚びだされ、日夏の名前で契約した精霊である。
召喚と契約を違う名で行うには高度な魔力が必要となる。
日夏のように幼いころから契約をしている場合は別だが、基本的には初等部のいちばん最初の授業で精霊との契約が行われ、多くの者はそこで自らの精霊を持つ。
日夏と日向は、生まれた時から一緒にいたようなものなので、彼らの結び付きは人一倍強い。
そして、今の日夏にとって、唯一の家族である。
彼は、本来は黒い犬の姿をしているが、ふだんは人間の姿をしていることが多い。
強力な力を持ってはいるがまだ未熟なため、たまに耳やしっぽが出るのだが。
日向はまだ早瀬と言い合いを続けていた。
「だいたいお前ら主人も精霊もそろって気に食わねーんだよ!お前はいつもへらへらしてナツの周りをうろつきやがるし、あのネコ野郎はすました顔して人のことを見下しやがるし!」
「クロに垂氷と仲良くしろなんて言わないよ。でも俺が日夏と話す邪魔をしなくてもいいじゃないか。幼なじみなのに」
垂氷(たるひ)とは、早瀬の一族が代々契約している精霊で、数百年はこちらで生きている。
契約者を移す、というのもかなりの魔力が必要で、代々同じ精霊と契約しているということは、かなり秀でた血筋であるという証明でもあった。
「俺は別に邪魔なんかしてねー!お前がしょっちゅう俺らの家に入り浸ってうっとうしいとは思ってるけどなっ!」
(まずいっ……!)
その言葉に、日夏は青くなった。
ここのところ自分からは早瀬に近づかないでいたせいか、日夏へのやっかみは減ってきたというのに、今の発言はかなりの誤解を与えかねない。
すごい目でこちらを睨む娘たちの顔が目に浮かぶようだ。
日夏はあわてて窓から顔を出した。
「違うんです!違うんです皆さん!誤解しないで!早瀬は父の書斎にある天文関係の本をたまに読みに来てるだけで……とにかく絶対に深い意味はありませんから!」
なんとかそれだけまくしたて、窓を勢いよく閉める。
そして大きくため息をついた。
「……はあ。よけいな気苦労がたえない」
「ほんとだよな、まったく!」
「今のはクロのせいでしょ。あと耳しまって」
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