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日夏(ひなつ)は、王立図書館に司書として勤務している。
天文観測所に勤める早瀬とは幼なじみで、ふたりとも『星の民』だ。
早瀬の一家は、代々王宮で要職に就いているエリートの家系で、また優れた魔力を持つ血筋でもある。
魔法だけでなく政治手腕にも長けた者を多く輩出しているため、『星の民』だけでなく『月の民』からも一目おかれている一族だ。
そして早瀬は、その整った容姿と親しみやすい性格で、学生時代から人気者だった。
成績もかなり優秀で、卒業後は即王宮入りかと噂されていたが、彼は「星が好きだから」という理由で、天文観測所に就職した。
そのことで、庶民派だとさらに人気に拍車がかかった。
いずれは王宮からお呼びがかかるであろう家柄と優秀さ、それに自身の魅力があいまって、王都の若い娘たちにとって憧れの的なのである。
今では『早瀬を見守る会』なるものまで存在し、抜けがけする者がいないか監視しているらしい。
そんな娘たちからすれば、堂々と早瀬に近づける日夏という幼なじみの存在は、当然気にくわないものだ。
学生時代から早瀬はもてていたが、日夏が女の子にやっかまれるというようなことは全くといっていいほどなかった。
ほとんどが初等部からの付き合いで、二人が単なる幼なじみでしかない、ということを認識してくれていたからだ。
また、日夏の父は、後ろ盾もないところから実力だけで王宮の要職に就いた人物であり、早瀬の父と同僚であった。
日夏に何かすれば、彼女の父から早瀬の父に伝わり、自分の父親の出世に響くかもしれない、という妙な計算をはたらかせて日夏に手出しできなかった一派もいた――と後に友人から聞いたこともあった。
しかし、その二人の父親たちはすでに事故で亡くなっている。
早瀬の手前おおっぴらに嫌がらせをされることはないが、卒業して以来、日夏は行く先々で女の子たちに冷たい視線を向けられた。
そこで初めて『見守る会』の存在を知って驚愕し、それ以来、面倒に巻き込まれたくなくて外では極力早瀬に近寄らないようにしている。
――それなのに、早瀬はいつも日夏に近寄ってくるのだ。
今までどおりに。
ひっこんでしまった日夏に代わって、隣の青年が早瀬の相手をしていた。
『相手』といえるのかは疑わしいが。
「うるせーぞ早瀬!静かな図書館の雰囲気がお前のせいで台なしだろうが!」
「クロの怒鳴り声の方が迷惑なんじゃないのか?」
「クロって呼ぶな!俺には日向という立派な名前があるんだ!」
「日夏は呼んでるじゃないか、クロって」
「ナツはちっせーときから呼んでるからいいんだよ!」
「俺だって小さい頃から呼んでる」
「ずっと呼ぶなって言い続けてるだろーが!お前にイヌ扱いされるのだけは我慢なんねーんだよ!」
「犬じゃないか。耳が出てるぞ」
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