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早瀬と日夏は、先程の女優――月華(つきか)に、楽屋へと招かれていた。
彼女の厚意で、舞台裏の見学をさせてもらえることになったのである。
厚意というよりは、なかば彼女の勢いにのせられて連れてこられた、という方が正しい気がするが。
「月華さん、幼なじみの日夏です」
早瀬が日夏を紹介する。
「日夏ちゃん、ね。よろしく。私、早瀬くんと研修のときに一緒だったの。あなたたちの二つ上の学年よ」
早瀬は、各地の学校の成績優秀者が集まる『魔法研修』に参加するため、一ヶ月間王都を離れていたことがある。
参加者が互いの魔法について学び合ったり、魔法を生かした職業の見学をしたり、充実した内容の研修と聞く。
「よろしくお願いします。あの、さっきの、変身?みたいなのって……、」
日夏はさっそく、舞台の上でのできごとについて尋ねた。
「月華さんは、姿を自在に変えられる魔法を持ってるんだ」
月華への質問に、早瀬が答える。
それに続いて、月華が説明した。
「今回の主人公は三人とも私なのよ。今日が千秋楽だから、お客さんたちみんなそのこと知ってて、驚かなかったんでしょうね。姿が変わると気持ちも別人になれるから、けっこうこの仕事、向いてるんじゃないかと思ってるわ」
日夏がなるほどと頷いていると、月華は少しいたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「まあ、姿を変えられるとは言っても実在する他人の姿を完全にコピーすることはできないんだけど。だから例えば、私が早瀬くんの気をひきたくて、日夏ちゃんの姿になる、っていうのは無理ね」
日夏は意味がわからずきょとんとする。
「月華さん、変なこと言わないでくださいね」
早瀬が少し焦ったように月華を止めた。
早瀬には意味がわかっている様子なのが、なんとなく気になる。
「ふふ、早瀬くん、やっぱり変わってないのね、あの頃と」
「そりゃあそうです」
二人はさらに、日夏のわからない話をする。さらに疎外感を覚え、日夏は少し俯いた。
「あの夜の寝言は、思い出すといまだに笑っちゃうわ」
「っ!月華さん、その話はやめてください!」
あの夜の……寝言……?
日夏は、思わず顔を上げる。
この人は、早瀬とどういう関係だったのだろうか。
(研修仲間にしては仲が良すぎるように見えるんだけど……寝言って……)
もやもやとした感覚が、日夏の胸に広がった。
「日夏ちゃん、気になる?」
急に月華が日夏を振り返った。
日夏はぎくりとする。
「え……」
「日夏には言わなくていいですから!」
日夏の答えを遮るように叫ぶ早瀬を見て、日夏はなぜかむっとした。
そっぽを向いて言う。
「別に聞かないわよ。早瀬の寝言になんて興味ないもの」
ほっとした様子で話題を変える早瀬を、日夏はちらりと見た。
(何よ。あからさまに慌てちゃって。別に詮索したりしないんだから)
わたしは早瀬の寝言なんて聞いたことないのに、などと思っている自分が、なんだか嫌だった。
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