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秋津は、どこに寄ることもなく、小高い山の上にある大きな屋敷に向かった。
(こんなとこにこんなでけえ屋敷があったのか)
日向が屋敷を一望していると、秋津は門の前で呼び鈴を鳴らした。
門が開けられ、秋津は中へ入る。
その後に、再び門は施錠された。
(チッ、これじゃあ中に忍び込めねえ……!)
屋敷の周りを一周してみても、高い塀がそびえ立っていて入れそうな隙間もない。
場所がわかっただけでは、あまり意味がない。
忍び込めなければ、それ以上のことはわからないではないか。
日向は思案した。
とりあえず一旦街へ戻って、この家の持ち主について調べるか。
それとも、うまいこと中に入る方法を考えるか。
(……どっちも苦手分野だぞ)
日向が頭を抱えてしゃがみこんでいると、頭上から声がした。
「何を這いつくばっているんだ、犬」
その声に、日向ははっとし、怒りの表情で顔を上げた。
高い塀の上に、銀の毛の猫が座っている。
日向は猫に向かって叫んだ。
「垂氷てめえ!!!!今日はよくもすっぽかしやがったな!こんなとこで何してやがる!」
猫は、軽くため息をついた。
「あまり大きい声を出さない方がいいんじゃないか?」
そう言って、身軽に塀から飛び降りる。
着地すると、猫は銀髪の青年に姿を変えた。
すらっとした長身から、無表情に日向を見下ろす様子は、確かに日向がコケにされていると感じるのも無理はない。
「俺はお前の頼みを聞いて、この家を調べていたんだが」
その言葉に、日向は驚く。
「なんで秋津を張ってた俺より先に来てんだよ!?」
「お前の情報から、この街で精霊の気配が集中している場所を探った」
「……お前そんなこともできたのか」
「この屋敷は窓が極端に少ない。中の様子はまだはっきりとはわからないが、おそらくお前の予想通りのことが起こっているはずだ」
「そうだ!肝心のここの奴のことと、秋津との関係がわからねえじゃねーか!中に忍び込んで話盗み聞きしてこいよ!」
日向は屋敷を指差して小声で叫ぶ。
場所がわかっただけでは意味がないとさっき考えていたばかりではないか。
「その必要はない。ここの持ち主は黒星(こくせい)という人物だ。父親が商人で、やたらと悪どい商売で金を稼いでいる。この屋敷は息子一人のための家で、数人の柄の悪い仲間がしょっちゅう入り浸っている」
垂氷はさらりと情報を口にした。
「……なんでわかる」
「場所がわかった時点で調べた」
「そうかよ!そりゃすごいこった!けど秋津との関係はわかんねーだろ?行ってこいよ!」
「だから、忍び込む必要はないと言っているだろう。精霊たちの『耳』を借りる」
「お前の意識を精霊に移すってことか?」
「そうだ。意識のない精霊なら、耳を借りることができる。幸い今、精霊たちは皆眠っているようだ」
そんなことまでできたとは、と素直に感心できない日向である。
「……違う部屋にいたら聞こえねえだろ」
「もともと精霊は、同じ敷地内にいる者の声を聞きとるくらいの聴力は持っている。使えていないだけでな。借りた先で力を研ぎ澄ませれば、難なく聞こえる」
「…………そうですか」
こいつには敵わない。認めたくはないが。
日向は口を出すのを諦めた。
「聞いたことを伝えるのは面倒だ。お前も一緒に聞け」
垂氷は日向の頭に手を載せた。
自分にとって情けない構図になっているのはわかったが、話を聞くためだ。
日向は、垂氷に倣っておとなしく目を閉じた。
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