星月 | ナノ


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祝日の朝。

日夏と早瀬は、駅で汽車の到着を待っていた。

日向も見送りに来ている。


「興行は夕方からなのに何で朝っぱらから出発なんだよ」

日向がこぼす。


「せっかく長い時間かけて汽車で行くのに、興行だけ見てすぐ帰るなんでもったいないじゃないか」


興行が行われる劇場は、汽車で数時間かかる東の街にある。

早めに着いて、観光でもしようということになっていた。


「クロとまる一日離れるなんてめったにないから、なんか変な感じ」

日夏は少し落ち着かない様子だ。


日向は勝ち誇った顔で早瀬を見る。

「そりゃあ一緒にいるのがこいつだったら、心もとなく思うのも無理はねえよな、日夏!」

言ってろ、と軽く日向を睨みつけ、早瀬は日夏に爽やかな笑顔を向けた。

「まあ、クロは用事があるんだからしかたないよ、日夏。クロの分まで楽しんでこような、二人で」

二人で、のところに力を込める。


日向の機嫌が悪くなった。

「おい!汽車が来るっつってんぞ!さっさとホームに行ってしまえ、ばかやろー!」

眉を吊り上げた日向に見送られながら、二人は王都を出発した。




祝日のわりに汽車は空いていた。

こちら方面にはあまりめぼしい観光地がないからかもしれない。

二人でコンパートメントを貸し切れている状態だ。



嫌なことは先に済ませておこう、と早瀬は秋津について日夏に探りを入れる。

「秋津ってさ、こっちで一人暮らししてるんだよな?こっちに来てそんなに経ってないのに休日に外せない用事なんて、こっちに住んでる友達でもいるのかな」

「どうなんだろ。休みの日はいつも本読んだり散歩したり、って言ってたけど」


しかし、彼の巻き込まれている問題についての情報はとても得られそうになかった。

それらしいことは全く話していないようだ。


それなのに、全然関係ない職場での秋津のおもしろエピソードならいくらでもでてきた。

日夏は楽しそうに、秋津が最近やらかしたドジの話をする。

「それでね、双葉さんに怒られちゃったときの秋津くんの反応がおもしろくて……」


せっかく、一日じゅう日向の目が届くことのない場所に行くというのに、なぜ俺は黙って他の男の話なんて聞いているんだ、と早瀬はだんだん不毛な気分になってきた。


(もういい!今日は秋津のことはこれで終わりだ!)


心の中で日向に謝罪しながら、早瀬はさりげなく日夏に別の話題を振る。

今日はせっかくの遠出だ。俺だって楽しみたい。



今度は凍瀧と灯のことを笑顔で話す日夏を、早瀬は満足げに見つめた。

そうだ、今日はせっかくこの笑顔をひとりじめできるんだから、楽しい話をしないともったいないじゃないか。


早瀬は、秋津のことを強制的に頭から排除する。

今日はとことん、休日を満喫することに集中しよう、と決意した。


「そういえば凍瀧さんが、次は絶対に休み取れよって言ってたわよ。早瀬に会いたがってた」

「俺も会いたかったな。凍瀧さんの休みなんてめったにないし。あの人は働きすぎだよな」

「そうなのよね!夜も灯が無理矢理奪い取るまで書類とにらめっこしてるんだって」

「灯も相変わらずだな」


他愛のない会話をしながら笑い合う。



二人を乗せた汽車は、煙を吐き出しながら東へと進んでいった。


to be continued...





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