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日夏がお互いを紹介し、早瀬はさっそく秋津にお礼を言った。
「俺の許可なく日夏に近づいてんじゃねえよ」と、日向を真似て言ってやりたい気持ちを抑え、笑顔で。
「ええと、秋津くん?よろしく。招待券ありがとう」
「……あ、は、はい」
秋津は、あからさまに「しくじった」という顔をしている。
早瀬の表情で、相手がただの幼なじみではなく、恋敵だと気付いたようだ。
鈍そうな顔をしているのに、意外と勘がいい。
(その上、いざとなったら迷いがないタイプ……ってなかなかやっかいじゃないか)
早瀬は苦々しい気分になった。
学生時代と違って、いつも見張っているわけにはいかないのがもどかしい。
さらに早瀬にとって悲しい事実がある。
秋津が安心して二人分の招待券を渡したということは、日夏が早瀬の話をしたとき、秋津が安心してしまうくらいに『ただの幼なじみ』として語られていたのだろう、ということだ。
早瀬は、もう少し探りを入れたくて、話を続ける。
「でも、せっかくの招待券なのに、いいのかな?」
「僕も家族からもらったものですから。それに、その日はどうしても外せない予定が入ってしまったんです」
日向の言う『変なこと』に関係しているのだろうか。
その日は日向に尾行でもしてもらおう、と早瀬は考える。
日向は代われと言ってきそうだが。
「そうか。じゃあありがたく使わせてもらうよ。劇団の興行なんて久しぶりだから楽しみだな、日夏」
「うん!秋津くん、ほんとにありがとね」
何度も一緒に行ってるぞ、という意味を込めて、日夏に話を振る。
当然何も気付いていない日夏は、無邪気に秋津に礼を言った。
「……はい、喜んでいただけて、うれしいです」
秋津は肩を落として答える。
(やっぱり俺、意地が悪いなあ)
早瀬は、秋津の表情を見て「ざまあみろ」と思ってしまったことを、少しだけ反省した。
図書館を出て、二人は家路についた。
当日の予定を決めながら歩く。
「招待券、二人分しかないから、さすがにクロは来ないかしら?」
日夏はやはり、いつも一緒にいる日向のことを気にしている様子だ。
「あいつ、たしかその日は用事があるって言ってたぞ」
早瀬は日向の予定を捏造する。
どちらにしても、その日は秋津を見張ってもらうつもりだ。
「そうなの?最近よく一人でどこかに行ってるのよね。好きな人でもできたのかな」
日向も不憫だな、と思わず早瀬は同情した。『家族』だから当然といえば当然なのだが。
「うまいメシ屋でも見つけて通ってるんじゃないか。ところであいつ今日はもう帰ったのか?」
「うん、今日はクロがごはん当番だから、買い物するために先に帰ったの」
その返事に、よく考えたらこいつらの生活、まるで夫婦じゃないか、と気付き、同情を取り消す。
さっさと見張りを頼んでしまおう。
「ちょっと日向に話があるから、寄っていっていいか?」
「いいよ。ごはん食べてく?」
「どうせ俺のはないからいいよ」
人には見張りを頼んで、自分は日夏と遠出してくるなんて、仮に食事が用意されていたとしても、取り上げられるだろう。
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