星月 | ナノ


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翌日、早瀬が資料室で文献を探していると、乱暴に窓が叩かれる音がした。

そちらを見ると、日向が窓越しに不機嫌そうな顔で「開けろ」とジェスチャーをしている。


ここは一階だ。窓のむこうに人がいても驚かないが、日向が早瀬の職場を訪ねてくるというのは、意外だった。


早瀬が窓を開けると、日向はさっそく悪態をついた。

「おい、早瀬このやろう。いつまでのんびりしてるつもりだ、このビビりが」

いきなり喧嘩腰なのはいつものことだが、わけのわからないいちゃもんをつけられて、早瀬は反論する。

「なんだよ。今ちゃんと働いてるじゃないか」


「ちげーよ!ナツのことだ」

「……日夏?」

「そうやって油断してると横からかっさらわれるぞ」

「なんだよ急に」

早瀬は眉を潜めた。

もちろん日向にも自分の気持ちは見え見えだろうとはわかっていたが、直接そういうことを言われるのは初めてだ。

何かあるのか。


日向は、さらに意味深なことを言う。

「そのうちお前はナツから『秋津くんがね』っつって他の男の話をたびたび聞かされることになるぜ」

「…………誰だ秋津って」

自分の把握していない男の名前に、早瀬の表情は険しくなった。

「自分で調べな。言っとくが甘く見てると後悔すんぞ。あいつその気になったらお前なんかより迷いなく突っ込んでくタイプと見た」

日向は突き放しながらも、親切なのかかどうかよくわからない忠告をしてくる。

「だから誰だよ秋津って」

「そこまで教えてやる義理はねえっつってんだよ。お前が行動起こす気ないんなら、俺だって考えてることくらいあるぜ」

「……なんで今日はそんなに強気なんだよ」


その言葉を受けて、日向はさらなる情報を口にした。

おそらく、最初からこのことが言いたかったのだろう。

「あの男、変なことに巻き込まれてそうだったからな。ナツが巻き添えくっちゃ困るんだ。お前が守れないんなら俺が守る」


それだけ言うと、早瀬に背を向けて図書館の方へ歩いていく。

「……」

わけがわからないながらも、早瀬は気持ちがざわつき、無言でその背中を見送る。


――と、ふい立ち止まった日向は、早瀬を振り返った。

「お前、飼い犬の俺にはなんもできねーと思ってたか括ってやがるんだろうけどな、犬だって噛みつくくらいはできるんだからな?」

思い切り不機嫌な顔でそう言い放つと、今度こそ日向はまっすぐ帰っていった。


(たかを括ってる……?)

早瀬は、読んでいた本を乱暴に閉じた。


むしろ、早瀬にとって一番怖い存在は日向だ。

なんといっても、親を亡くした日夏とひとつ屋根の下で暮らしているのだから。


確かに、日向は精霊で本来の姿は犬だ。

精霊は人間界に来るときに元の姿と記憶を失うため、厳密に本来の姿とはいえないが、こちらでは少なくともそうなのだ。

だが、精霊と契約者が心を通わせるということも、全くないわけではなかった。

それに、日夏は日向を『精霊』だとか『犬』だとかそんな括りでは見ていない。

大事な『家族』として、二人の絆は自分と日夏の絆より確実に強いと思う。


とはいえ、日向は日夏の嫌がることはしないとわかっているから、多少は安心していたのも事実だ。


(でも場合によってはそれも無効ってことか……)


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