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仕事が終わると、日夏はさっそく吉野の部屋へ走った。
「吉野!やっぱり気になることは直接聞こう!」
日夏は、部屋へ上がるなりそう宣言する。
吉野は少し驚いた顔をしたが、すぐに俯いて目をそらした。
「……聞いて本当のことを知るのが怖いの。卯浪さんは絶対に、聞かれたことを嘘でごまかしたりするはずがないもの」
直接聞くことは考えてはいたようだ。
しかし、最悪の結果を考えると、簡単には決心できるはずがない。
「でも、本当のことを知って傷つくよりも、いま卯浪さんを疑ってるってことの方が吉野には辛いんじゃないの?わたしにはそう見えるよ」
本当のことを聞くのが怖い、というのはつまり卯浪を信じ切れていないということで、吉野はそのことも後ろめたく感じているように思えた。
「これは受け売りだけど、時間が経つとどんどん言えなくなって、溜め込むのがくせになっちゃうかもしれないよ」
そして、そうなれば吉野はもっと辛いはずだ。
日夏の言葉に、吉野は決心した様子で顔を上げた。
「……わかった。卯浪さんに直接聞いてみる。明日、時間を作ってもらう。私、明日非番だし、明日は付き合いはじめてちょうど3年目なの。いい機会かもしれない」
まだ何も解決していない。すべては明日だが、日夏は、吉野が前に進んでくれたことに少しだけ胸を撫で下ろしていた。
「わかった。わたしが卯浪さんに伝言しておくね」
卯浪の仕事が終わった後に、二人がよく行くという公園で待ち合わせることになった。
***
「何で今日も早瀬がいるの!」
「こんなとこに女の子をひとりでいさせるわけにいかないだろ。本当は来たくなかったけど」
「なら帰っていいわよ!なんかあったらクロを呼ぶから」
「そういうわけにはいかない」
昨日、日夏は吉野にこっそりついていてほしいと頼み込まれ、公園の木の陰で、ふたりの会話を盗み聞きしている。
いつもこういうことは絶対に言わない吉野が頼んでくるなんて、よっぽど不安なのだろう。
公園のベンチでは、その吉野が卯浪に本題を切り出していた。
「卯浪さん、少し前に、卯浪さんと女の人が腕を組んで歩いてるのを見たっていう人がいるの。……それが本当なのか教えてほしくて……」
もうすでに泣きそうになっている。
卯浪は、思いがけないことを聞かれ、目を丸くした。
しかし、記憶を辿るように呟く。
「女の人と、腕……?……ああ」
心当たりがある様子の卯浪を、吉野が涙をためた目で見つめる。
――が。
「あれは千歳さんだ」
「え?」
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(7/10)