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「こうして日夏を――いや、秋吉の残したものを頼ってきたように、貴方が逃げずに済む方法を探してほしいと、そう頼むことはできないのか」
あまりにも不敬が過ぎる物言いに、早瀬が慌てた表情で腰を浮かせる。
しかし、垂氷は続けた。
「その少女だけなら逃がしてやれる。貴方は追放されたわけではない。戻って王を糾弾し、堂々と再び迎え入れる、そういう選択肢はないのか」
確かに、飛鷹王子が共に逃げる必要はない。今戻れば、おそらく駆け落ち未遂は不問に処されるだろうと思われた。
「そんなことは夢物語だと笑うかもしれないが、貴方が王宮を捨てれば、それは本当にただの夢になる」
垂氷を黙らせようとしていた早瀬は、しかし口を挟むことをやめた。
長くこの国の人々を見てきた垂氷には、思うところもあるのだろう。自分の精霊がこんなにもたくさんの言葉を一度に発するのは、初めて見た。
そして、その内容は、至極真っ当に思えたのだ。
飛鷹王子は、それに耳を貸さないような人物ではないと信じたい。
「……なるほど」
小さく呟いた飛鷹王子は、一瞬だけ俯いていた顔を上げた。
「私は、見えていないことが多すぎたようだ。少し、時間をもらえないだろうか。これからのことを考え直してみよう」
真摯に垂氷の目を見つめる飛鷹王子。
垂氷がそれに答えようとした時だった。
「個人的には垂氷の意見に賛成したいところだったんだがな、もう遅い」
不意に別の声が響き渡り、一同は揃って振り返った。
しかし、声の主の、姿は見えない。
「今の、タキの声だったよな!?」
「え、と……うん、そう、思ったけど……?」
顔を見合わせる日向と日夏を尻目に、早瀬は立ち上がると、低い棚の上に置かれていた古い犬のぬいぐるみを持ち上げた。
「凍瀧さん、こんな魔法も使えたんですね」
「便利だろ。今度教えてやろうか?」
「凍瀧さんが得意な魔法って何故か俺は上手くできないことが多いんだよなあ……」
「お前の方が数段センスがあると思うんだがな」
大きな黒い犬のぬいぐるみと会話する早瀬は、一見すると不気味だったが、凍瀧の声は間違いなく、犬のぬいぐるみから発されていた。
日夏は、そのぬいぐるみが幼いころ凍瀧から贈られたものだったと思い出す。確か日夏が店でこのぬいぐるみを見て『クロみたい!』と抱きしめて離さなくなったから、凍瀧が『しかたねえなー』と買ってくれたのだった。
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