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飛鷹王子は、幾分声を低めてその問いに答えた。
「私たちは隣国に逃げたように見せかけている。凍瀧どの以外には存在を知られていない、頼りになる側近がいてな、その者がいろいろと細工をしてくれた。いずれは国外へ逃げるつもりだが、それまで留まる安全な場所をここ以外に思い付かなかったのだ――秋吉どのの守りがある、この家以外に」
「守り……?」
日夏は目をまるくした。
隣では、早瀬が納得したように頷いている。
「早瀬、知ってたの?守りって……何?」
「秋吉さんはこの家に、魔法を施してるんだ。秋吉さんと同等以上の魔力を持ってさえいなければ、この家を害そうとするものは近づけないように。もちろん相手はその魔法に気付かないから、ある意味最強の要塞かもしれない。――もっとも、この家の大きさぐらいが、さすがの秋吉さんでも限界だったようだけど」
それがあったからこそ、早瀬は日向との二人暮らしに何も言わなかった。
そうでなければどう思われようと、日夏を家に呼び寄せていただろう。
そして、
「同じ魔法はうちにもかかってる。だけどうちには、物理的な障害があるからな」
「え?」
日夏は首を傾げるばかりである。
「じいさんのとこから送られた監視の目がある。常にだ。害せはしなくても、居所は簡単にばれてしまう」
「うそ……!?早瀬、それって……」
あっさりと早瀬が言った言葉に、日夏は動揺した。そんなそぶりは、早瀬も千歳も見せたことはなかったのだ。
「日夏に余計な心配かけたくなくて黙ってたんだ。監視してるだけで何をされるわけでもないし。俺たちがじいさんのなけなしの地位を脅かしやしないかと不安なんだろ。見当違いもいいとこなんだけどな」
「それって、どこに行くにも……?」
「いや、家の監視だけだ。片手落ちだろ?」
早瀬は笑った。
「そ、んな……」
「たぶん最初は、父さんが懇意にしてる人たちを把握したかったんだろう。家に呼ぶほど親しい人物を」
なんでもないことのように早瀬は言うが、そんなに軽いことのはずがない。
自分ならば耐えられないと、日夏は思うからだ。
「向こうはこっちが気付いてるなんて思ってもないよ。間抜けだな、と思って特に気にしてないから、日夏もそんな顔しないでくれ」
早瀬は安心させるように、日夏の頭を軽く撫でた。
その様子に日向が顔をしかめるが、何も言わない。
「とにかく、巻き込む形になって大変申し訳ないが、逃亡の手筈が整うまで、匿ってもらえないだろうか?」
話を戻した飛鷹王子は、床に片膝を付いて日夏を見上げた。
隣にちょこんと座った鈴懸は、頭を下げる。
「それは、構いませんけど……だけど飛鷹王子、国王を糾弾することはできないんですか?」
日夏は、恐る恐る問い掛けた。
明らかに間違っているのは国王の方だ。
それに、おそらく噂されている通りであろう飛鷹王子の才覚があれば、不可能ではないように思われた。
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