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凪が眉を下げてため息をついた。
「誰に似たのかさっぱりなのよ。あんたね、お客さんには失礼なこと言うんじゃないわよ?」
息子にキッと鋭い視線を送ると、凪は靴を脱ぎ、再び大量の荷物を持ち上げた。
「あっ、手伝う!」
日夏がそのいくつかを持つ。
ごちそうの材料などが詰め込まれているのだろう。日夏はそれを察したようだ。
すたすたと台所の方へ向かった凪を日夏が追い掛ける。
早瀬も雅の分を手伝おうと、腰を屈めた。
すると、雅が拗ねたように言った。
「おれは犬にあいたかったのに」
そういえば日向に懐いていると日夏から聞いた気がした。『クロにくっついて回ってずっと撫でていた』と言っていたから、さぞかし無垢な子供なのだろうと勝手に想像していたが――。
雅は、ちょうど腰を屈めて自分の目線より低い位置にいる早瀬を、見下ろした。
「おい早瀬、かわりに犬になれ。まほうつかえんだろ」
「……顔に似合わず生意気なお子様だな」
早瀬が目を細めると、雅は彼に人差し指を突き付けた。
「日夏とおなじへやにしてやっただろ?かんしゃして犬になれ」
そんなことは頼んでいない。それに感謝するどころでもない。
「無理だ。お子様らしくボールにでも遊んでもらえ」
早瀬がそう言いながら玄関に置かれたボールに目を向けると――黄色いボールを、黒くてふさふさした毛が覆った。そして犬の耳としっぽがちょこんと生える。
その物体は、ぴょんぴょんと弾むと、雅の腕の中にぽんと飛び込んだ。しっぽをぱたぱたと振っているあたり、嫌がる日向よりかわいらしい。
「うおあああ!!!!」
やっと子供らしい反応を見せた雅を横目に、早瀬は彼の分の荷物を全て持ち上げた。
雅はそんな早瀬の服の裾を、くい、と引っ張った。
「早瀬、おまえなかなかみどころあるから日夏をものにするさくせんにきょうりょくしてやってもいい。なんでもいえよ」
「そんな作戦は存在しない」
早瀬が眉間にしわを寄せて歩き出すと、雅も小走りで着いて来た。
「てれんなって」
「お子様相手に照れてなんかない」
どうやらある意味懐かれてしまったようだった。
***
台所で、再び荷物を下ろすと、凪はニヤリとして日夏の顔をのぞきこんだ。
「で?ほんとのところは?」
「え?何が?」
「早瀬くん。恋人なんでしょ?」
雅の妙な成長ぶりに気をとられて忘れていたが、その話題に触れられないわけがなかった。
早瀬を連れて行くと決めたからには覚悟していたことだが、やはり照れくさい。
「あ………ええと、その、うん。ちょっと前から。な、何でわかるの?」
断定するような凪の口調を不思議に思い、日夏は逆に尋ねる。
「なんとなく?話聞いてたら、早瀬くんは日夏のこと好きなんだろうなあとは思ってたし」
「話って…最後にあったの去年だよ!?」
しれっと答える凪に、日夏は目を見開いた。
その頃は、早瀬の気持ちには当然気付いていなかったし、自分の気持ちすら自覚していなかったというのに。
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