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部屋の件も(一応)落ち着き、日夏たちが雑談をしていると、ドアの開く音がして女性の声が響いた。
「ただいまー。日夏来てるのー?」
「あっ、凪さん!」
日夏が立ち上がり、パタパタと駆け出す。早瀬も挨拶をするために彼女に続いた。
玄関に出ると、すらりとした長身の女性と、小柄で女の子のような綺麗な顔をした少年が大量の荷物を床に下ろしているところだった。
「凪さん!雅!」
日夏が声をかけると、名前を呼ばれた女性――凪(なぎ)が顔を上げた。
ぱあっと目を輝かせる。その表情は少しだけ、日夏に似ていた。
「久しぶり日夏っ!なんかきれいになったんじゃない?」
「ええ〜?気のせいだよ。凪さんは全然変わんないね」
「そう?最近シワが増えた気がして……あ、この子が早瀬くん?」
苦い顔で目元を押さえていた凪は、日夏の後ろに立つ早瀬に視線を向けた。
「あれ、凪さん、驚かないの?早瀬が女の子だと思ってたんでしょ?」
「お父さんがそう思い込んでたからわかってたけど黙ってた。その方がいろいろおもしろそうだったから」
「大変だったんだから!早瀬が廊下で寝ることになりそうだったり…」
ニ
ヤニヤと笑う凪と、彼女に詰め寄る日夏の会話に流され、早瀬は凪に頭を下げるタイミングを見失ってしまう。
すると、
「ねえ、さっきからこのにーちゃんがあいさつしたそうにしてるんだけど、きいてやったら?」
美少年が不意に口を開いた。
その容貌に似合わずぞんざいな口調である。
凪はハッと気付いたように改めて早瀬に向き直った。
「ごめんごめん!早瀬くんよね、よろしく。私は日夏の叔母の凪です。こっちは息子の雅(みやび)。旦那は単身赴任中だから今いないけど」
「よろしくお願いします」
握手を求められ、早瀬は手を差し出した。
凪は申し訳なさそうに苦笑する。
「『廊下で』ってだいたい想像がつくけど…ごめんね、雅の部屋貸してあげられたらよかったんだけど」
言いながら息子の方を見ると、
「えたいのしれないやつにベッドかすなんてやだ」
「って言って聞かないもんだから」
早瀬は滞在させてもらう身だ。当然住人の意向が再優先だから、とやかく言うつもりなど毛頭ない。
それを伝えようと口を開きかけた瞬間、幼い声がそれを遮った。
「まあどうせこのにーちゃんは日夏といっしょのほうがいいだろうし。できてんだろ?」
口の端だけで笑う、という子供らしくない表情で雅が早瀬を見る。
「でき……っ!」
その発言――いや表現に、日夏の方が動揺している。
「日夏はまあまあかわいいけど、おれはもうちょっとむねがでかいほうがいいな」
雅は日夏の胸元をちらりと見た。
「雅、口悪くなったわね」
さっと胸元を両手で隠しながら、日夏は従兄弟を睨みつける。
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