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そんなことを考えながら、早瀬がまじまじとブレスレットを見ていると、日夏がその視線に気付いた。
「早瀬、これ気になるの?見る?」
ブレスレットを外し、早瀬に渡す。双方のブレスレットが光った。
早瀬は差し出されたそれを手に取った。
「へええ、さすが秋吉さんだなあ。こんな複雑なもの、俺には作れない」
秋吉は、動かない物に魔法を施すのが得意で魔法具のようなものも作っていたらしい。
ただ早瀬は秋吉が魔法を使っているところをめったに見たことがなかった。あまり魔法を使いたくなかった、と聞いたこともある。
そのことを詳しく聞く機会はもうない。
そんな中で、これは貴重な、秋吉の残した魔法の痕跡だ。……『魔法具』と言っていいものか微妙なところだが。
「早瀬でも作れないの?」
「物に魔法を留めておくのはすごく大変だろ?一時的にならできるかもしれないけど…」
魔法談議になってしまいそうなところで、葛の咳払いがそれを止めた。
そして早瀬の手からブレスレットを奪いとる。
「秋吉くんは、うちに挨拶に来てから結婚する日までずっと、小春にこれを持たせとった。光ることは一度もなかった」
そう言いながら、ブレスレットを再び日夏に返す。
秋吉は義父の信頼を勝ち取ったのだろう。葛の口調には、義理の息子を誇らしく思う気持ちが滲んでいた。
きっと、この件だけではなく様々な場面で、秋吉の人柄が葛を軟化させていったに違いない。日夏の父親は、相手の心を緩めてしまえる不思議な魅力を持っていた。
「ね、これなら同室で寝てても安心でしょう?」
伊予は得意げにそう言うが、早瀬にとっては苦行が二割増しになったようなものだ。
だが、そんなことを斟酌してくれる者などいるはずがない。
「もちろん日夏は部屋にいるときだけ付けてたらいいのよ。お母さんにもほんとはこんなのつけさせたくなかったんだけどねえ、秋吉くんが自分から言い出して聞かなかったものだから」
伊予が苦笑すると、葛は深く頷いた。
「秋吉くんは意外と頑固じゃったからな」
それを聞いた伊予は呆れ顔になる。
「あなたが初対面でいきなり『生半可な気持ちで娘に手を出す奴はミンチにしてやる』なんて凄んだからでしょう?真剣な気持ちなんだって分かってほしかったんですよ」
(ミンチ……)
この祖父が鬼の形相で秋吉に詰め寄る場面を想像し、早瀬はぞくりとした。
秋吉はどんな反応をしたのだろうか。
そんな早瀬の視線に気付いた葛が、噛み付くように怒鳴った。
「言っとくが大事な孫に手を出してもミンチじゃからな!」
「だっ、出しません!!!」
勢いに圧され、守れるのか定かではない約束をしてしまう。
第一、どこからが『手を出す』ことになるのか、その基準次第では既に守れていない可能性もあるのだが、そんなことは言うわけにはいかなかった。
早瀬を睨みつけていた祖父の視線が、そのまま隣の日夏に向けられた。
「とにかくだ、日夏!それを付けずに部屋に入ることは禁止じゃ!わかったな!」
人差し指を突き付けて宣言する。
「………それで早瀬がちゃんとベッドで寝れるなら、いいけど。こんなの必要ないのになあ」
日夏はブレスレットをつまみ上げて、困ったような顔をした。
『必要ない』という相変わらず無防備な言葉に、早瀬は肩を落とす。
「日夏、頼むからしっかり付けててくれ」
結局、葛の立ち会いのもと、部屋の前でブレスレットを身につけ、部屋から出れば外す、ということになった。
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