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「まあまあ早瀬くんよ、茶でも飲め」
「はいどうぞ、お菓子もあるわよ」
「ありがとうございます。あ、これ、よかったら。お世話になるお礼です」
「あら、気をつかわなくていいのに〜ありがとうね〜」
「ふん、まあ礼儀はなっとるようだな。喧嘩は弱そうだが」
「おじいちゃん、喧嘩なんてすることないんだからいいでしょ!それに早瀬は強いのよ!魔法いっぱい使えるんだから!」
日夏と早瀬は、祖父母宅の居間に通され、あらためて歓迎を受けていた。
伊予が『秋吉くんの作った』何かのことに言及したとたん、なぜか早瀬の廊下住まいは撤回された。
早瀬としては、日夏と同室よりは廊下の方が正直ありがたかったのだが。
そのまま、渋々納得したという様子の葛に促されて家へ上がり、今に至る。
「男なら魔法などではなく拳で勝負せんか」
「あなたを基準にするからみんな弱そうに見えるんですよ。いいじゃないですか、せっかく魔法が使えるんだから」
「だから何で喧嘩する前提なの?」
祖父母と日夏の噛み合わない会話に、早瀬は苦笑した。
葛は『この拳で殴られたら気絶しそうだ』とゾッとしてしまうくらいに屈強な身体つきをしており、眼光も鋭い。最初に目が合った瞬間、早瀬は反射的に『殺される!』と思ったほどだ。
対する伊予は、日夏よりも背が低く、とても小柄である。対照的な夫婦だ。
「そうだ、ねえおばあちゃん、さっき言ってたお父さんが作ったものって何なの?」
早瀬がひそかに二人を観察していると、日夏が先程のことを尋ねた。日夏も気になっていたようだ。
「ああ、そうそう!」
伊予は部屋の隅にある引き出しから、何かを取り出した。
石でできたブレスレットのようなものだ。それもふたつ。片方は青い石でできていて、もう片方は黒い石でできている。
「秋吉くんが身の潔白を証明するために作った、特別製の防犯ベルよ」
「防犯ベル?」
「こっちの青い方を身につけてる人が異性に少しでも接触すると、黒い方のブレスレットが青く光って鈴の音がするの」
伊予が片方ずつ指差して説明する。
「青い方を小春、黒い方をわしがつけとった。ちなみに、外してもわかるようになっとる。一度つけたら出し抜くことはできん」
そう言いながら、葛は黒い方のブレスレットを腕にはめた。
「試してみる?」
伊予が日夏の腕に青いブレスレットをはめる。
「ええと、」
日夏はためらいがちに早瀬の手に軽く触れた。
と、葛の付けているブレスレットから、かわいらしい鈴の音が響き、黒い石が青く発光した。
日夏の方の青い石も同じ色で光っている。
「これだけ?」
触れた相手に何かが起こるというわけでもなく、ただ光って音が鳴るだけ。
日夏は拍子抜けしたような顔をした。
いや、充分だろう、と早瀬は思う。
この祖父に自分のしたことが筒抜けになると思えば、それが一番の抑止力になるだろうことは、早瀬には痛いほど共感できた。
ブレスレットが光った瞬間に拳を掲げて飛んできそうだし、殴られたらひとたまりもなさそうだし、おまけに秋吉にとっては結婚したいと望む相手の父親だったわけだし。
そしてそれは、早瀬も同じだ。
好きな子の祖父からの信頼を失うようなことはしたくない――できない。
鈍感な日夏にはピンと来ないだろうが、早瀬からすれば『秋吉さんうまいことやったな』と思う。
単純に防犯ベルとしての役割を果たすだけではなくて、葛への誠意も伝わったのではないだろうか。
ささやかな鈴の音にもどことなく気遣いを感じる。
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