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が、日夏は不思議そうに言った。
「何で?わたしはたぶん、好きな人の近くだから安心して眠れるんだと思うんだけど…」
「えっ!」
「だって、最近はめったにないけど眠れないときクロに一緒にいてもらったりするし、お父さんにもよく添い寝してもらったり…」
一瞬胸が高鳴りかけた早瀬は、がくりと肩を落とした。
最近はやっと日夏が『恋人同士』だということを意識してくれて、そんな態度も見せてくれるようになっていたから、忘れていた。
日夏はこういう女の子なのだ。
「あのな、そういうのとはまた違うだろ!?例えば今、俺が、」
言いながら日夏側の座席に移動する。
「こうやって隣に座ってて、日夏は安心して眠れるっていうのか?」
むきになって日夏にぐっと接近し、早瀬は聞いた。こういう鈍感さを直してもらわないと、いろいろと危ない。
しかし、
「え?うん、たぶん?」
日夏はきょとんとしている。
「ああもう……」
早瀬は頭を抱えた。
つまり普段の日夏は早瀬の隣で安心しきっていて――それは嬉しいことではあるのだけど、同じくらい、いや、それ以上に、困る。
こちらが恋人らしい雰囲気を作れば、日夏もそんな反応をしてくれるが、おそらく『いつもの早瀬は大丈夫』とでも思われているのだろう。
冬のパーティーの帰り道、「違う人みたいになる」と言われたことを思い出す。
早瀬としてはそんなつもりはないけれど――でも、だから日夏は、早瀬の『恋人』らしい振る舞いに、いつもどこか不意打ちを食らったような反応を見せるのだ。
(もうちょっと、自分から意識してほしいんだけどな…)
それで少しは、警戒してほしい。
警戒されたらされたで傷ついたりするのだろうが、無防備な日夏を怖がらせるようなことをしてしまうよりましだ。
もう泣かせたくない、そう思っているから。
「まあ、避けられてた頃を思えば、贅沢すぎる悩みかなあ」
考えてみれば、あの頃の方が警戒されていたかもしれない。早瀬がわからない、という意味でだが。
天井を仰ぎ見た早瀬に、日夏がますます不思議そうな顔をしていた。
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