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翌日、千歳に見送られ、日夏と早瀬は王都を発った。
以前、劇団の興行を観に行ったときとは逆方向の汽車に乗る。
この時期、お祭りムードで賑わう王都行きの列車は混み合っているが、王都発の列車は空いていた。
のんびりとした車内で日夏と何でもない話をしながら早瀬は、東の街へ行った日のことを思い出していた。
それは日夏も同じだったらしく、自然と話題はあの日のことに移った。
「……日夏、あのときってやっぱり、妬いてたってこと、だよな?」
演劇の話が一段落したタイミングで、早瀬はずっと聞きたかったことを、おずおずと尋ねた。
「えっ!そ、それは…ええと…」
日夏はぎくりとした表情になり、頬を染めて口ごもる。
期待通りのその反応に、早瀬は満足した。
「月華さんとは何でもないのに」
「聞いたってば!もういいじゃない昔のことはっ!」
気まずそうに目を逸らす日夏を、早瀬はにこにこしながら眺める。
「何で妬いたかわかんなくて知恵熱が出たの?」
「もういいって言ってるじゃない!」
勢いよく窓の外に視線を向ける日夏を見ながら、可愛いな、と思う。
「何で妬いたか、今はもうわかる?」
「………っ、帰る!」
早瀬がからかうように言うと、突如日夏は勢いよく立ち上がった。
「帰るって、どうやって…」
「次の駅で降りる!それまでデッキにいる!」
「えっ、わああっ!ご、ごめんって!悪かった!もうからかったりしないから!待ってくれ!」
本当に荷物を持って、コンパートメントのドアに手を掛けた日夏を、早瀬は大慌てで止めた。
彼女の鞄を引ったくり、さっと網棚に戻す。手を引っ張って、なんとか座席に座らせた。
「………あのときも、そうやってからかった」
日夏は唇を尖らせて拗ねる。
だって可愛かったし嬉しかったから、とは言えない。
「わたしはあれからすごく悩んだのに…」
その言葉に、早瀬はハッとする。
「うん、ごめん。あのとき俺がちゃんと向き合ってればよかった。日夏をたくさん悩ませた。それに泣かせた。――本当にごめん」
「そ、それはわたしだって…」
早瀬が急にまじめな顔になってそんなことを言うから、日夏は俯く。
すると、早瀬はため息をついた。
「だけどまさか日夏がそんな風に思ってたなんて考えもしなかったから……あの時だって二人きりなのにのんきに寝てたし」
不満げな早瀬の声に、日夏は顔を上げる。
「え?寝てた、って?」
「俺が飲み物買ってる間にぐーすか寝てたじゃないか。おかげで俺は危うく……いや、とにかく、二人きりなのに無防備に寝てられるなんて意識されてないって言われてるようなもんだろ?」
そのことに少なからず傷ついていた矢先、寝言で名前を呼ばれたものだから抑えがきかなくなってしまいそうだったのだ。
日夏がまた怒ってしまいそうだから言わないけれど、いまだに思い出すと複雑な気分になる。
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