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『――まあ、何かあれば言ってこい』
垂氷は眠そうな目をして、そう言った。
秋津は、心強さと嬉しさで頬が緩んだ。『はい』と頷く。
『あの、垂氷さん』
『何だ』
『僕、実は猫が大好きなんです。撫でさせてほしいって言ったら、怒りますか?』
『早瀬にも昔そんなことを言われたがお前たちは馬鹿なのか。くだらないことを考える暇があったら昼寝でもしている方がよほど有意義だぞ』
垂氷はひらりと身を翻し、どこかへ去ってしまった。
秋津は少し、うなだれた。
「――くん。秋津くん?」
訝しげにこちらをのぞきこんだ日夏に、秋津は我に返った。
「どうしたの?気分でも悪い?」
「あっ、すみません!ちょっと垂氷さんの毛並みに思いを馳せていました…」
「なんで垂氷?」
日夏は首を捻る。
「でも垂氷の毛はやわらかくて気持ちいいわよね。秋津くんもしかして、猫好きなの?」
――僕には馬鹿かなんて言っていたのに、いつの間に日夏さんに触らせたんだろう。
秋津は思わず眉を潜めてしまったのだった。
***
その頃、早瀬は翌日の支度をしていた。
ドアがノックされ、母親の千歳が入ってくる。
「早瀬、これ、あちらの皆さんにお渡しして。お世話になるから」
菓子の箱らしい。
「ああ、ありがとう母さん」
浮かれていてすっかり忘れていたので助かった。
早瀬が箱を鞄に詰めていると、千歳がじとりとした視線を向けてきた。
「早瀬、なっちゃんに変なことしたら垂氷に魔法でこてんぱんにしてもらうからね?」
「は、はあっ!?いきなり何を……」
「だって早瀬最近ずっとニタニタしてるんだもん。浮かれすぎて理性とか常識とか忘れちゃいそう」
確かに今、ひとつ常識を忘れるところではあったが――しかし聞き捨てならなかった。
「もうちょっと自分の息子を信用しろよ。……だいたいそんな状況にならないよ」
祖父母に叔母夫婦とその息子、それだけの人間に囲まれた状態で一体何ができるというのか。
早瀬はただ、流星群まで来る特別な誕生日に、日夏が自分と過ごしてくれることが嬉しくてしかたないだけだった。
「なればするわけ、変なこと」
しかし千歳は相変わらずの表情だ。
「誰もそんなこと言ってないだろ!」
「ふ〜ん?あ、明日私も見送りに駅まで行くから。なっちゃんに警告しとかなきゃいけないもん」
「だから何だよ警告って!」
信用されていないことは別として、『浮かれている』とあっさり見破られてしまっていることには、さすがに情けない気持ちになる早瀬だった。
***
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