▼
出発の前日、仕事を終えて帰宅しようとしていた日夏は、秋津に呼び止められた。
「日夏さん、これ、凍瀧さんから預かったんです。お誕生日プレゼントだそうで」
秋津は大きな紙袋を重そうに差し出す。申し訳程度にリボンがついているそのプレゼントの中身は、凍瀧の実家でとれた野菜だろう。
毎年、凍瀧からのプレゼントはこれだった。
「ありがとう秋津くん!でも凍瀧さんてば、秋津くんを配達係にして…」
日夏が苦笑すると、秋津は首を振った。
「いいえ、凍瀧さんもお忙しいみたいだったので。それに、日夏さんがもうすぐ誕生日だなんて凍瀧さんに聞くまで知りませんでした。……ええと、なのでこれ、僕からのプレゼントです。よかったら」
秋津は、凍瀧のものとは対照的な小さい包みを遠慮がちにポケットから取り出した。
「わあっ!ありがとう!嬉しい」
包みを開けると、色とりどりの宝石のような、かわいらしいキャンディが入った小瓶だ。
「きれい…!」
「何をあげれば喜んでもらえるかわからなくて……食べ物ばかりになってしまいましたね、すみません」
「そんなことない!食べるのがもったいないくらい。ほんとにありがとう秋津くん!」
日夏が微笑むと、秋津も安心したように笑った。
いつもいつも、『ありがとう』と言われるたびに、自分の方が嬉しくなる。
そんな風に思うのは、僕が日夏さんを好きだからだろうか、日夏さんがそういう人だからだろうか。――両方だろう、と秋津は思う。
そんな風になりたい、とも。
凍瀧と会う機会があるのは、秋津が黒星のいる療養所に通っているからだ。凍瀧もよく様子を見にやってくる。
垂氷の魔法の後遺症が消えるのは、まだ先だという。今、彼の様子はかなり落ち着いてきているが、いまだに秋津たちのことはわからないようだ。
思い出せばまた、あの蔑むような目で見られるのだろうか――支えると決意したものの、たまにそんな思いに憂鬱になる。
それでも、決して黒星に背を向けたりはしない。そこからだけは、逃げたくなかった。
『言っておくが、俺があの男にしたことは、どうやっても思い出せないようにしてある。こちらも身を守る必要があるからな』
以前、療養所に猫の姿でふらりと現れた垂氷が、いけしゃあしゃあと言ったことがある。
それ以外は、時間をかければ思い出すらしい。
『――黒星は、反省してくれるでしょうか』
『他人に何かを期待するのは賢明ではないだろうな。だが奴が人間ならば、可能性がないとは誰にも言えないだろう』
垂氷はその日めずらしく、長い言葉を喋った。
『ただし、反省したからと言って許されることとそうでないことがある』
『ええ……はい、わかっています』
秋津だって、許せるとは思えない。自分がされたことも、日夏にしたことも。
許す必要はないのだと――それでもここにいることは間違っていないのだと、垂氷は言っているのではないか。秋津は都合よくそう解釈することにした。
prev / next
(3/16)