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翌日、日夏が図書館に出勤すると、秋津の姿があった。
館長と何か話している。
「日夏さん!お久しぶりです」
日夏に気付いた秋津が、笑顔で駆け寄ってくる。
「秋津くん」
日夏も自然と頬が緩んだ。
図書館の風景に秋津がいると、なんとなく安心する。
「来週から復帰できそうなので、館長に報告に来たんです。日夏さんにも、長いことご迷惑おかけしました」
秋津はぺこりと頭を下げた。
「そんなことない。それに、思ってたより早かったから嬉しい」
日夏が微笑むと、秋津も嬉しそうに笑った。
「僕もこんなに早く済むとは思いませんでした。――ところで、早瀬さんはお元気ですか?」
何気ない様子で秋津が口にした名前に、日夏は表情を曇らせた。
「………よく知らない」
「………日夏さん?」
予想外の反応に、秋津は眉をひそめて日夏をのぞきこむ。
「早瀬に会うのが、怖くて」
何の事情も知らない秋津にはきっとわけがわからないであろう弱音を、日夏は思わずこぼした。
吉野に言われたことを思い出す。
少し考えただけでもわかった。
きっと、早瀬を見て一番に浮かんでくる気持ちなんて、『好き』しかない。
早瀬に会ってそれを確かめて、伝えたい。
わたしがわたしの気持ちを否定してはいけないのなら、それが伝えたい気持ちなら、早瀬には絶対に伝えなくちゃいけない。
そうしなければ、進むことも壊すこともできない。――吉野の言ったことは、本当にそうだと思った。
気持ちを伝えもせずに、何も始めることなんてできなかったのに。
わたしはあの日からずっと逃げていた。
早瀬が好きなら、これからも一緒にいたいなら、絶対に逃げちゃいけない。
―――だけど。
やっぱり、怖さだけが消えなかった。
早瀬に『答え』を出されてしまう。
『好き』が『違う』と、思い知らされてしまう。
それでも前に進むには、気持ちを伝える以外にはない。わかっている。
でも、傷つくのが、やっぱり怖かった。
わたしの態度は早瀬を傷つけたかもしれないのに、やっぱりわたしは、自分勝手だ。
「日夏さんは、何を信じられないんですか?」
思いをぐるぐると巡らせていた日夏は、ふいに秋津が言った言葉に、思わず顔を上げた。
「えっ」
秋津は穏やかに笑っていた。
「僕は日夏さんに、人を信じることを教わったって言いましたよね。それってすごく難しいことなんだってわかったんです、実行してみて。…だからそれをあっさりやってのけている日夏さんを本当に尊敬しています」
日夏は秋津の気持ちには応えられなかった。
それでも彼は、日夏を『尊敬している』と言ってくれて、心からの笑顔を向けてくれる。
気持ちが違っていても壊れない関係もあると、頭ではわかっているのだ。
秋津は、わずかに苦笑した。
「たぶん日夏さんはいま、そんな余裕もないほどに、早瀬さんのことで心がいっぱいになってるのかもしれないですね」
「心が、いっぱい…?」
秋津は頷く。
「抱えた気持ちが大きくすぎて、前も見えないくらいに。だから不安なんじゃないかなって」
「………前が、見えない」
「早瀬さんを信じてあげてください、なんてことを言うつもりはないんです。でも、どうしたらまた早瀬さんを信じられるのかを、……早瀬さんで心をいっぱいにしたままでも、また信じられるのかを、考えてみたら……少しは怖くなくなる気がしませんか」
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